第54話 一からやり直してえよ、飯倉さん

文字数 647文字

「那覇か?」
「ああ」
 マッキーはラバーズ事務所に入所する前、沖縄県那覇市にあるアイドル養成学校に通っていた。そこでレッスンしていた彼をたまたま見つけたのが飯倉だった。当時大学生であった飯倉は訪れた旅先で、アイドル養成学校の前を通りかかり、興味本位で覗いていたら、特別なオーラを放っている少年がいる。
(すっげえ、誰だ、あいつ)
 それが13歳の近見真紀だった。この時すでに芸能プロダクションに就職すると決めていた飯倉は、この少年を育てて芸能界ナンバーワンにしてやりたいと思った。レッスンが終わるのを待って少年に声をかけた。
「アイドルになりたいんだろ、君?」
「誰、あんた?」
「俺、芸能事務所で働くことになったら必ず君を迎えに来るよ」
 近見少年は相手をしげしげと眺めた。目の前にいる男性はいまにも自分を東京に連れて帰り、デビューさせんばかりの勢いだった。これに近見少年も感化を受けた。
「だったら連絡ちょうだい。俺、お兄さんの事務所に行くわ」
「ほんとか!」
「ほんと」
「よし、約束だ」
「うん」
 そう言って二人は連絡先を交換した。その連絡先に8年ぶりに掛けてきたのが、アメリカから傷心帰国したマッキーだった。東京にではなく、故郷の沖縄へ逃げ帰えるように。
「一からやり直してえよ、飯倉さん」
「待ってろ、すぐそっち行く」
 すぐに行ける場所ではない。が、咄嗟に口にしていた。予定ではラバーズ事務所に辞表を持参するはずだったのであるが、行先を羽田に変えて、飯倉はその日最短で取れる那覇便のエコノミーシートを確保した。


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