第42話 おまえたちとの契約を、明日をもって解除する!

文字数 1,013文字

 飯倉と拓海がラバーズ事務所に到着した時、おなじタイミングで吉岡正志が彼のマネージャーと一緒に駐車場に車を停めていた。
 おそらく同じ要件で社長と副社長に呼び出されたのだろう。
 いつものわざとらしい元気と違い、正志が拓海に妙な愛想笑いを投げてきたが、拓海はそれを完璧に無視した。
 正志のマネージャーである支倉晴郎が拓海に声をかける。
「拓海さん、大河のクランクアップでしたよね今日、ロケでしたっけ。お疲れ様です」
「うっす」
 やはり愛想ない。
 支倉の大先輩である飯倉が代わりに応じる。
「いや、あれは全部スタジオで完結した。ロケはない」
「そうなんですか。じゃあCGやVFX(視覚効果)だけで?」
 社屋に向かう地下通路。飯倉と支倉の会話だけが寒々と響く。その後ろを正志と拓海が互いにそっぽ向いて着いていく。
「大河もさ、経費節減と働き方改革なんだよ」
 支倉は感心したように呟く。
「なるほど、それならエキストラも大道具も要りませんものね。でもなんだか人間味がないですよね。ドラマも映画も全部架空なんて」
「そのうち主要キャストも架空になるかもしれんぞ」
「ゲームの世界じゃないですか、それ。でも、だったら、マネージャーも要りませんね」
「ああ、じき俺たちもクビだ」
 そう言って飯倉は笑うが、他の誰も笑ってはくれなかった。
 最上階フロアの踊り場に出た時、海堂メイコが仁王立ちで待っていた。
「遅かったわね。さ、こっちよ」
 そそくさとメイコは彼らを社長室でなく全壁面窓がない奥まった部屋に案内した。
 そこで社長の海堂丈太郎が厳めしい顔で待ち構えていた。
 酒焼けした丈太郎のしわがれた声が、隔離された部屋にカラカラと響く。
「座りなさい」
 彼らの方が質問したいことがいっぱいあるのだが、まるで逆で、丈太郎から被告人尋問を受けるみたいだった。
 社長と目を合わせず、ぞろぞろと腰を下ろす面々。
 全員が座ったのを確認してから、開口一番丈太郎は言った。
「吉岡正志! 笑原拓海!」
 被告人の如く氏名を呼ばれ、恐る恐る顔を上げる二人。
「おまえたちとの契約を、明日をもって解除する!」
 正志と拓海の表情が粘土のように色を失い固まっていた。


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<自己紹介>
水無月はたち
大阪生まれ。
デビュー作『戦力外からのリアル三刀流』(つむぎ書房 2023年4月刊行)
アマチュア作家。
下手なりに気持ち込めて書きます。
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