第50話 愛する娘と母親とのバトル
文字数 2,526文字
愛菜が、真一郎と愛を交わして一泊し、帰宅したその朝……。
房江は自分の娘が言ったその言葉を、一瞬信じられなかった。
「あたし、もう子供じゃないの。大人よ。セックスだって知っているわ」
初めて自分の娘から、セックスと言う言葉を聞いたのは初めてだった。その歳になれば、自分の時代と違って、今はそういう時代なのか、と思うしかない。それくらいは理解しているつもりだった。
しかし、房江が衝撃を受けたのはその次の言葉である。
「あたし、昨夜と今朝、真一郎さんと一杯セックスしてきちゃった」
自分が昔、深く愛し合った人と、よりによって娘が同じ行為をするとは。何かの因縁としか房江には考えられなかった。今まで自分が娘に対して、それを言わなかったことが原因の一つだとすれば、一概に娘を非難することできない。
自分と彼との過去を、今ここで明らかにしなければいけないと房江は思った。それを娘に言う前に、彼と娘が昨夜どのように過ごしたのか。身体を重ねる行為に及んだのかを、親として知らなければならない。
「どうして真一郎さんと、愛菜がそういうことになったのか、お母さんは知りたいの」
「わかったわ。でもなぜお母さんは、私と真一郎さんが合う前に、何も言わなかったの?」
「ええ、それは……いろいろあったからね」
房江は、今はそれ以上のことは言えなかった。二人は店の椅子に座って、向かいあっている。
房江は娘の話を聞きたいと思っていた。昔、自分が愛し合った男になぜ娘が抱かれたのか、それを知りたい。それは彼が自分の面影がある娘を抱きたかったのか。
黙って去っていった私への復讐 なのか……封印しようとした昔の心の傷。それをいまさら、さらけ出さなければならない不安を感じていた。
「わかったわ。ではお母さんから先に言うね」
「うん」
「始めに、真一郎さんが愛菜のことでお詫びしたいという電話でも言えなかった」
「うん。それで?」
「まだ真一郎さんも知らないことなの。彼と私が昔、付き合っていたころ、在る日、お母さんは理由も言わないで去っていったという理由だけど……それはある人から呼び出されたの」
「それは誰?」
「浦島慶次という人」
「それは真一郎さんのお父さん?」
「いえ、本当の親ではないわ。これからなる人だけれど」
「良く分からない……」
「その人が言うには、真一郎さんを婿にしたいから、別れて欲しいって、お母さんとね」
「えっ、そんな残酷な!」
「もちろん、私は断ったわ。でもダメだった」
「なんで?」
「真一郎さんは、うちの会社でこれから大きくなって貰う人だから、あなたのような人では、って」
「酷いわ」
「それでお母さんは、悩んだの……死ぬほど、でも」
「諦めたのね」
「そうね、それで、その手切れ金というか、お金を……」
そう言うと房江は溜め息を付いた。
「わたしはそんなのイヤだわ。好きなら絶対に別れない!」
「それよりも、真一郎さんとはあの日、どうなったの?」
今度は愛菜が質問される立場になった。実際にはその後の話しがあるのだが、房江は愛菜と彼とのことが気になるのだ。
「うん。喫茶店で会って、許して欲しいって」
「そう。それで?」
「その後、私のアルバイトの紹介もしたいと言う話も出て、それから日本料理店に行ってご馳走して貰ったの、その後もう一軒かな」
「そこって?」
「彼がよく行くスナックバーで飲んだの、楽しかった」
「それからは?」
「酔って気持ちが良くなって、私はまだ帰りたくないって、私から真一郎さんにお願いしたの」
「まあ、真一郎さんがあなたに無理に飲ませたのじゃないのね」
「それは違うわ。私が自分から、それからラブホテルに行って、彼に愛してもらったの。それも夜と朝もね」
「まぁ……」
「でも安心して。ちゃんと中には出さなかったから」
「当たり前でしょ! 結婚する前の娘が……」
「それでね。お母さん」
「なに?」
房江は娘がこの先何を言うのか怖かった。娘が自分の手の届かないところに行ってしまったような気がした。
「あたし、真一郎さんが好きになってしまったの」
「えぇ?! この娘は……」房江は、どう言葉を返していいかわからない。
「だ、ダメよ。あの人は奥さんがいるし、好きになってはいけない人なのよ」
「いいの、それでも。あたしは彼の女になりたいの……」
「ダメよ、ダメ! それだけはお母さんは許しません」
房江は動揺していた、どうしていいか分からなくなっていた。
「でももう決まったの。彼は私に愛人になって欲しいって」
「嘘でしょ。そんな!」
「嘘じゃない。わたしも(うん)って返事したし、好きだから」
「それだけは絶対に許しません!」
「いやっ! あたしはお母さんのお人形じゃないわ、では何でお母さんは真一郎さんから黙って逃げたのよ! お金を貰って……」
「そんなこと、親に言うもんじゃないわよ! 愛菜」
「じゃあ、私のお父さんは誰よ! 私は誰の子供なのよっ! どこからか拾ってきたんじゃないの!」
ついに愛菜は言ってはいけない言葉を母親にぶつけてしまった。
「黙りなさいっ!」
その時、バチンと言う乾いた音が、愛菜の頬からした。
房江は思わず愛菜の頬を思い切り叩いた。愛菜はバランスを失いよろけて倒れ椅子から転げ落ちた。その頬はみるみる赤くなっていく。
もうこれは親子の会話ではなかった、二人の女の激しい闘いの始まりだった。
「ご、ゴメンなさい。愛菜……」房江は、オロオロとしていた。ついかっとなって、愛する娘の頬を叩いたことを後悔しながら。しかし、その後悔はもう遅かった。
「卑怯じゃない。好きな人の前からお金を貰って、何もいわないで去っていくなんて! あたしこんな家にいたくない!」
愛菜は泣きながら、立ち上がり二階の階段を駆け上がっていった。大きなボストンバックに下着や化粧品や小物を素早く詰め込んで、家から飛び出して行った。愛菜は大きな涙をボロボロと流しながら。母親の房江はどうすることもできず、ただ呆然として娘が家を出ていく背中を見ているだけだった。娘と同じように涙を流しながら。
(本当のことを、真実をもっと早く娘に話しておくべきだった、まだあの後の話しがあるのに……)
後悔しながら、娘が去った後を涙の目で見つめていた。
房江は自分の娘が言ったその言葉を、一瞬信じられなかった。
「あたし、もう子供じゃないの。大人よ。セックスだって知っているわ」
初めて自分の娘から、セックスと言う言葉を聞いたのは初めてだった。その歳になれば、自分の時代と違って、今はそういう時代なのか、と思うしかない。それくらいは理解しているつもりだった。
しかし、房江が衝撃を受けたのはその次の言葉である。
「あたし、昨夜と今朝、真一郎さんと一杯セックスしてきちゃった」
自分が昔、深く愛し合った人と、よりによって娘が同じ行為をするとは。何かの因縁としか房江には考えられなかった。今まで自分が娘に対して、それを言わなかったことが原因の一つだとすれば、一概に娘を非難することできない。
自分と彼との過去を、今ここで明らかにしなければいけないと房江は思った。それを娘に言う前に、彼と娘が昨夜どのように過ごしたのか。身体を重ねる行為に及んだのかを、親として知らなければならない。
「どうして真一郎さんと、愛菜がそういうことになったのか、お母さんは知りたいの」
「わかったわ。でもなぜお母さんは、私と真一郎さんが合う前に、何も言わなかったの?」
「ええ、それは……いろいろあったからね」
房江は、今はそれ以上のことは言えなかった。二人は店の椅子に座って、向かいあっている。
房江は娘の話を聞きたいと思っていた。昔、自分が愛し合った男になぜ娘が抱かれたのか、それを知りたい。それは彼が自分の面影がある娘を抱きたかったのか。
黙って去っていった私への
「わかったわ。ではお母さんから先に言うね」
「うん」
「始めに、真一郎さんが愛菜のことでお詫びしたいという電話でも言えなかった」
「うん。それで?」
「まだ真一郎さんも知らないことなの。彼と私が昔、付き合っていたころ、在る日、お母さんは理由も言わないで去っていったという理由だけど……それはある人から呼び出されたの」
「それは誰?」
「浦島慶次という人」
「それは真一郎さんのお父さん?」
「いえ、本当の親ではないわ。これからなる人だけれど」
「良く分からない……」
「その人が言うには、真一郎さんを婿にしたいから、別れて欲しいって、お母さんとね」
「えっ、そんな残酷な!」
「もちろん、私は断ったわ。でもダメだった」
「なんで?」
「真一郎さんは、うちの会社でこれから大きくなって貰う人だから、あなたのような人では、って」
「酷いわ」
「それでお母さんは、悩んだの……死ぬほど、でも」
「諦めたのね」
「そうね、それで、その手切れ金というか、お金を……」
そう言うと房江は溜め息を付いた。
「わたしはそんなのイヤだわ。好きなら絶対に別れない!」
「それよりも、真一郎さんとはあの日、どうなったの?」
今度は愛菜が質問される立場になった。実際にはその後の話しがあるのだが、房江は愛菜と彼とのことが気になるのだ。
「うん。喫茶店で会って、許して欲しいって」
「そう。それで?」
「その後、私のアルバイトの紹介もしたいと言う話も出て、それから日本料理店に行ってご馳走して貰ったの、その後もう一軒かな」
「そこって?」
「彼がよく行くスナックバーで飲んだの、楽しかった」
「それからは?」
「酔って気持ちが良くなって、私はまだ帰りたくないって、私から真一郎さんにお願いしたの」
「まあ、真一郎さんがあなたに無理に飲ませたのじゃないのね」
「それは違うわ。私が自分から、それからラブホテルに行って、彼に愛してもらったの。それも夜と朝もね」
「まぁ……」
「でも安心して。ちゃんと中には出さなかったから」
「当たり前でしょ! 結婚する前の娘が……」
「それでね。お母さん」
「なに?」
房江は娘がこの先何を言うのか怖かった。娘が自分の手の届かないところに行ってしまったような気がした。
「あたし、真一郎さんが好きになってしまったの」
「えぇ?! この娘は……」房江は、どう言葉を返していいかわからない。
「だ、ダメよ。あの人は奥さんがいるし、好きになってはいけない人なのよ」
「いいの、それでも。あたしは彼の女になりたいの……」
「ダメよ、ダメ! それだけはお母さんは許しません」
房江は動揺していた、どうしていいか分からなくなっていた。
「でももう決まったの。彼は私に愛人になって欲しいって」
「嘘でしょ。そんな!」
「嘘じゃない。わたしも(うん)って返事したし、好きだから」
「それだけは絶対に許しません!」
「いやっ! あたしはお母さんのお人形じゃないわ、では何でお母さんは真一郎さんから黙って逃げたのよ! お金を貰って……」
「そんなこと、親に言うもんじゃないわよ! 愛菜」
「じゃあ、私のお父さんは誰よ! 私は誰の子供なのよっ! どこからか拾ってきたんじゃないの!」
ついに愛菜は言ってはいけない言葉を母親にぶつけてしまった。
「黙りなさいっ!」
その時、バチンと言う乾いた音が、愛菜の頬からした。
房江は思わず愛菜の頬を思い切り叩いた。愛菜はバランスを失いよろけて倒れ椅子から転げ落ちた。その頬はみるみる赤くなっていく。
もうこれは親子の会話ではなかった、二人の女の激しい闘いの始まりだった。
「ご、ゴメンなさい。愛菜……」房江は、オロオロとしていた。ついかっとなって、愛する娘の頬を叩いたことを後悔しながら。しかし、その後悔はもう遅かった。
「卑怯じゃない。好きな人の前からお金を貰って、何もいわないで去っていくなんて! あたしこんな家にいたくない!」
愛菜は泣きながら、立ち上がり二階の階段を駆け上がっていった。大きなボストンバックに下着や化粧品や小物を素早く詰め込んで、家から飛び出して行った。愛菜は大きな涙をボロボロと流しながら。母親の房江はどうすることもできず、ただ呆然として娘が家を出ていく背中を見ているだけだった。娘と同じように涙を流しながら。
(本当のことを、真実をもっと早く娘に話しておくべきだった、まだあの後の話しがあるのに……)
後悔しながら、娘が去った後を涙の目で見つめていた。