第16話 業界の受注合戦

文字数 1,733文字

 今の時代は、新しい経営のあり方を求めている。それにトップが気づかずにいるのが悲劇の始まりである。現在の目まぐるしく変化するこの世界で生きていくには、その時々に迅速(じんそく)に対応しなければ、居残ることが出来ないのだ。

 この会社は組織を分権化しすぎて、複雑になり、それが逆に効率を下げることになった。仕事の幅が広すぎて(医療機器等の機器製造と、航空計器関連事業、更にはソフトウエア関連など)横との繋がりや連携が悪く、その為のコストが掛かったのも一因である。

 次に社長室に呼ばれたのは、IT関連事業の責任者である蒼井幸雄専務だった。この事業にも問題がないわけでは無い。むしろ無視できない大きな問題だった。

 それは従業員の残業についてだった。浦島機器製造の花形でもあるIT部門の事業部では、大手の電機メーカーの横芝電気が計画している大きなプロジェクトのソフトウェア部門を担当していた。

 横芝電気は全国にグループを持ち、日本でも有数のメーカーであり、家電製品から半導体の製造、電力設備や宇宙関連機器など幅広く活動している大メーカーである。そこから現在受注している大きなプロジェクトの内容は、宇宙開発に関する衛星追跡システム・プログラムである。

 それは臨時取締役会が始まったその日から数えて、約半年前のことだった。場所は浦島機器製造のソフトウェア事業部の会議室である。十五、六人ほど入るその小さな部屋には、横芝電気からの受注を受ける為の担当者会議が始まっていた。

 会議室のホワイトボードの前にはプログラムのチーフマネージャーの尾上憲司が、ボードにスケジュール及び問題点を書いていた。

「みんなよく聞いてくれ。ここに書き込んだように、今回のプロジェクトは相当大きなものになる。今回だけは、皆が一緒になって作業しなければならない。いわゆる我々の事業部をかけた大がかりなものになるだろう」

「でもチーフ。それだけの作業量だと、とても我々のグループではこなしきれませんよね。どうするんですか」

「わかってる。もしこの仕事が受注できれば、我々の事業部においても相当な金額になる。賞与だってはずむぞ」

「わぁ、すごいです」そういったのは入社四年目の秋山理沙だった。

「でもそれだけのプロジェクトだと、他のライバル会社からも相当なアクションが来ているのではありませんか」

 ベテランの小山幸彦が言った。
「そうなんだ。だから蒼井プロジェクトマネージャーが、がんばっているんじゃないか。さあそのための計画書を早く作らなければ……」


 横芝電気のその受注合戦は、最終的には浦島機器製造のソフトウェア部に軍配が上がったが、結果的に超過残業問題がクローズアップされた。それは当初の仕様よりも変更が重なった為である。

 人工衛星の追跡システム・プログラムを受注し、それに貢献した株式会社・浦島機器製造の知名度は上がったが、売り上げでは結果的に赤字になった。作業に従事した作業員の中で、一部のものにはその時間外労働の割増賃金が大幅にカットされた。

 会社と組合で労使交渉を行ったが、売り上げの減少を理由に会社は首を縦に振らなかった。組合との交渉に当たったのが蒼井幸雄だった。

「すまない。君たちの努力でプログラミングは出来上がり、納めることは出来たが、あの通り人工衛星の故障による変更は、それも見込まれているという解釈で増額が認められなかったんだ」

「事業部長。それと賃金の話は違うでしょう。我々は労働者なんです。働いた分はちゃんと支払ってください」

「いや、何度も言っているように今我々も苦しいんだ。分かってくれ」

「休出をし、毎日深夜まで残業をしながら六十時間までしか支払われないなど、我々は納得いきませんよ」

 労使交渉では、組合委員長の青柳絢也が赤い顔をして蒼井に詰め寄っていた。しかし、その蒼井は、言い訳を繰り返すだけだった。

「あなたではらちがあかない。社長を呼んでください」
「いや、それだけはダメです。かえって話がこじれるだけだ」
「そんな馬鹿な!」

 話は平行線のままで、まだその問題は解決していない。臨時取締役会の中で、その件が暗に小川取締役に指摘され、露見されたのである。


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