第18話 会社としての疑惑

文字数 1,548文字

 次に疑惑の目が向けられたのは慶次の娘婿の真一郎の事業部だった。慶次は自分の愛する娘をこの男と結婚させていた。

 浦島機器製造が飛躍するためには、商業的な機器製造だけでなく、もっとインパクトのある事業がしたかったのだ。それがたまたま偶然知り合った真一郎の父親が社長をしている航空計器関係の会社だった。

 慶次は、或る日、その航空計器部門の工場を社長に見学させてもらった。全身を白衣で覆われた作業衣を着て、塵を極端に排除したクリーンルームと言う部屋の中で作業している作業員たちの真剣なまなざしと手際よさに、かつて電気製品の修理していた自分を重ね、その姿に感心したものである。その計器の種類は多岐に渡っていた。

 代表的には、飛行計器である対気速度計,高度計,磁気コンパスやエンジン回転計,燃料量計、昇降計、旋回傾斜計,人工水平儀やエンジン計器の吸気圧力計(きゅうききあつけい)、航法計器のラジオコンパス等それらの種類は数百以上にはなるだろう。

 しかし、会社として後で問題になったのは、それらを製造加工、又は修理する場合に計上する工数というものである。これは何十人もの作業員が、計器の組立てや修理などを行う作業時間のことである。

 この作業時間というものが工数となり総計として、防衛省の査定を経て会社に支払われる。工数は特殊作業として民間に比べて高い金額に設定されている。これを不正に水増し官に提出して高収入を得ていた。

 これは当然、国に対する背信行為となる。これらの作業は秘密裏に行われ、一握りの者しか知らないはずだが、どうやら漏れたようであり、その調査のために防衛省の担当部署の調査が入るとことになった。

 当時の入社三年目の工数集計課の事務員の東堂愛菜(いくな)は、その話を偶然聞いてしまったのだ。それは管理部長の大林三郎と課長の中村治郎が喫煙室で話をしている時だった。

「部長。今月の工数の付け替え作業は、終わりましたね。この作業は東堂さんにやらせるわけにいきませんからね」

「うん。中村君には月末にはいつもご苦労だね」
「いえいえ、会社の為ですから、入力もなれましたよ」
 その意味を知らない東堂は、つい二人に声をかけてしまった。

「あの。課長、工数端末の入力でしたら、わざわざ課長がやらなくても、私が……」
 二人は彼女がそれを聞いていると知らず驚いた顔していた。

「あ、いや、いいんだよ。それとは関係ないんだ。だが、このことで誰にも言わないでくれたまえ」
「は、はい。わかりました」

 愛菜は、二人の様子がおかしいので逆に驚いた。それ以来、部長と課長の目がなぜか愛菜をみる目が不気味だった。

「中村君。どうやら情報がどこかから漏れたらしい。君その辺に心当たりがないかね?」
「さあ。私にもわかりません。どこからそういう情報が漏れたのか」
「大林部長。その人物は社内のものでしょうか?」

「さあね、わしにもわからん。しかしこのことを知っているのはそう多くはないはずだが」
「そうですよね。でもあの日の……」
「東堂君?」 中村は黙って頷いた。

 やがて、それから二ヶ月後の人事異動では東堂愛菜は同じ部署の倉庫課へ配置になった。愛菜はその課でいづらくなり、辞めざるをなくなった。

 せっかく、やり甲斐のある会社に就職できたと張り切り、喜んでいた彼女は失望の内に会社を退職した。

 その後、当局への告発があり、その為に調査のために査察が入ったのである。責任者の浦島真一郎は防衛省に呼び出され、厳しく調べられた。

 しかし、それを告白したのはあの東堂愛菜ではなかった。それを後で新聞で知った彼女は驚いた。
(まぁ……あの時の付け替えの不正、あれで私は犠牲になったのね。悔しい!)
 ここに、会社の犠牲になった人間が一人いた。

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