第13話 それぞれの候補者のアピール

文字数 1,395文字

 居並ぶ役員達はすでに心の中では候補者を決めているようであり、今更社長が言うように、長々と聞く必要はないのだ。
 そういう意味では敬吾の時よりも拍手は多い。

「では、最後に常務取締役の浦島真一郎氏にお願い致しましょう。どうぞ」
 蒼井の言葉を受けて、最後に社長の娘婿の真一郎が立ち上がった。

「有り難うございます。では私から簡潔にお話し致します。確かに私は社長の娘さんと結婚し、婿養子となりました。そういう点から見ると最有力かも知れません、しかし……」

 長身で、まだ高々五十歳代で精悍な顔つきの真一郎が立ち上がると、今までの候補者とは見栄えが全く違う。
 社長に見込まれただけにその度量の大きさがうかがわれるのだ。

「この国は、いまや他国からの脅威に(さら)されています。現在でも新聞紙上で航空自衛隊がスクランブルを掛け発進したとニュースで言っていたのは、皆様ご存じでしょう。私が担当しております部署では防衛関係をメインに作業をしております。これからの我が社の発展の為、国土の防衛の為にも、私は力になりたいのです。我が事業部は……」

 一気に、国防論まで飛び出し、真一郎の発言は一番長く、七分ほどで終わった。それを待っていたように一番強い拍手が湧き起こった。社長の慶次は満足そうに頷いていた。

 時間を短縮して話せ、という言葉はもう忘れたようである。
 その後再び、蒼井は立ち上がった。

「これで候補者の方々の抱負は述べられました。今までの中で何かご質問ご意見がある方はおっしゃって下さい」

 すると、大山の盟友でもある営業本部長の寺山圭吾が手をあげた。
「どうぞ、寺山本部長」

「ありがとうございます。忌憚(きたん)のない意見を言わせていただきます。ここに社長の婿であります真一郎さんのお名前が上がっており、有力候補となっております。しかし、この会社を運営していくのには、やはり豊富な経験や人望が要求されます。そういう意味ではこの際、副社長の大山氏が最適任者だと私は思います」

 パチパチと拍手が湧き、大山は大きく頷いた。

「ありがとうございます。誰か次にご質問、ご意見等がある方はございませんか?」 
「はい」と言って手をあげ人物がいた。

 それは真一郎を押す技術部長で取締役の青山良明だった。

「私は真一郎氏を推薦いたします。今現在日本のこの国は新しい改革を進めようとしています。そういう中では古い形態から脱皮して新しい風を送り込まなければなりません。真一郎氏は果敢(かかん)にチャレンジしています。そういう若い人こそ、これからこの会社には必要な経営者だと私は思っております」

 青山の発言が終わるとパラパラと拍手が起こった。
 その時、手を挙げて発言をした人物がいた。それは生産部長である小川幹夫だった。

「あの、蒼井専務!」
「おや。小川取締役、何かご意見でも?」

「はい。確かに社長の息が掛かっている真一郎氏は有望かもしれません。しかし、これは会社にとっては大事な次期社長を決める会議なんですよね」

「勿論、そうです。それが何か?」

「今、日本社会はもとより、我が会社に於きましても、古い体質から脱皮せねばなりません。そういう意味からもこの会社は、親族による引き廻しは、辞めにしようではありませんか」

 (おぉ! 親族の引き回し?) と言う驚きの声があちこちから漏れた。
 現社長の慶次は、これを聞き急に不機嫌な顔をした。

(一体、この男は何を言い出すのか?)


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