第39話 もう一人の美人秘書

文字数 1,774文字

 ベッドの中でふと気になって起き出し、彼はホテルのガウンを羽織った。
 煙草を吸いながら会社の美人秘書の神崎沙也香の携帯電話に電話を掛けているが、まだ彼女は出ない。
 会社には早い時間なので出勤している時間では無い。それを思い出し直接彼女に電話をしたのだ。この時間ならまだ彼女は家にいるはずなのだが。秘書としての沙也香に、今日は午前中に少し用事があって、会社に出るのは昼過ぎだと伝えておくためである。

 沙也香は真一郎の秘書であり、彼の愛人となっていた。それは彼の義父である浦島慶次と、秘書の青木ひろみとの関係と同じであるのはなんとも皮肉だった。この義父と息子は血のつながりが無いとはいえ、女性関係ではいつも噂が絶えないのも、彼等には淫乱の血というものが引き合っているのかもしれない。

 沙也香と愛菜との関係が展開する前に、真一郎と秘書の沙也香との関係を、ここで見てみよう。
               *
 沙也香は独身で、そのころワンルームマンションに一人で住んでいた。或る日、真一郎が執務の部屋で書類に目を通しているとき、いつものように沙也香がやってきた。

「おはようございます。部長」
 相変わらずセンス良く服を着こなし、姿勢が良くハキハキとした声と、栗色の長い髪の毛をキリリとまとめた沙也香はキャリアウーマンの見本のようだった。どこから見ても隙が無い。

「おはよう、沙也香。今朝の書類は?」
「今朝、お届けする書類は無いのですが、一つお願いがあります」
「おや、なんだろう、朝から?」
 沙也香からお願いされることなど珍しい。
「あの……部長は、今夜の予定はございますか?」
「それは、君が一番よく分かっているだろう。ないはずだよ。それがどうしたかな?」
「はい。そうでした。実は、今日はわたしの誕生日です。もし宜しければ家に来て頂きますか?」
「君の家に? 良いのかい?」
「はい。部長なら喜んで」
「分かった。いつも君には頑張って貰っている。勿論いくよ」
「えっ! 本当ですか……嬉しい」

 普段から冷静であまり喜怒哀楽を示さない沙也香だが、珍しく少女のように喜んでいた。もちろん、いつも頑張ってくれている彼女のために真一郎は承諾した。
 仕事が終わり、夕方になって彼は高級ワインを持って訪れた。彼女は上品で膝まであるスカートが似合う女である。

 頭の回転が早く、何事にも抜かりがない。真一郎にとっては優れた女なのだ。気丈な彼女はいつも凛としていたが、それは会社にいる時だけのようである。
 仕事が終わって夕方になり、真一郎は珍しくワインを持って沙也香のワンルームマンションを訪れた。
「おめでとう、沙也香。いくつになったのかな」
「いやです、部長。そんなこと女に聞いてはダメです」

 会社では、なにごとにおいて完璧で隙がない沙也香だが、その夜は違っていた。化粧もどことなくいつもと違う。アイシャドウも薄く塗りいつもの爽やかなイメージの沙也香と違って見えた。真一郎はそんな沙也香も悪くはないと思った。

「どうしたんだい、沙也香。今日の沙也香は綺麗だよ」
「有り難うございます。私の誕生日を祝ってくれますよね?」
「そのつもりできたんじゃないか」
「はい。うれしいです」
「あの、部長。お持ち頂いたワインを飲みましょうか」
「そうだね、そうしよう」
「はい。では……」

 テーブルの上には沙也香の手作りの料理が並んでいる。それを食べながらの乾杯だった。
「では、わたしの忠実な秘書の沙也香に乾杯しよう、乾杯!」
「乾杯!」

 ワインを三分の一ほど飲み、沙也香はいつになくはしゃいでいた。飲み慣れないワインで少し酔ったのだろうか、めずらしく酔った沙也香はいつもの固さがとれている。

 彼女はハンサムでダンディーな彼が女性にモテることを知っている。それでも良い、その中の女の一人でも良い。彼に群がる女達と張り合うわけではない。

 忠実な秘書として仕えている沙也香は一度で良いからその夜だけでも彼に抱かれたかった。秘書ではなく一人の女として彼に認めて欲しい。しかし、まだ真一郎は沙也香を抱くことに躊躇っていた。
 仕事を生きがいにしている彼女は結婚願望は持っていない。仕事だけが全てであり、男はいらないという主義だった。しかし沙也香にとって真一郎は例外である。



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