第60話 本当の父と娘の関係

文字数 2,031文字

 沙也香はマンションに帰ってからも心が落ち着かなかった。
 まだ、愛菜はアルバイトから帰ってきていない。昼間の時間、彼女の母親と話したその内容をどう彼女に伝えるのか悩んでいた。内容が内容なだけに、言い方によっては感受性の強い彼女がどう反応するのかそれが怖かった。

 なぜなら、その彼女の相手が自分にとっても大切な人だからである。それから三十分ほどして愛菜が帰ってきた。沙也香はそれを待っていた。

「おかえり、愛菜さん」
「ただいま、あれ、どうしたんです? 沙也香さん」
「ちょっと、着替えたら、ここに来て。大事なお話があるの」
「はい?」
 愛菜は、いつもと違う沙也香が気になった。二人は居間のソファーに座って向き合った。

「実は会社にあなたのお母様から、電話があったのね」
「えっ、母からですか?」

「そうなの、あなたを心配していたわ。それであなたに大切なお話しがあるらしいの。でもあなたに会えないから、伝えて欲しいって」

「そうですか。でもなぜ母が会社に電話をしたのでしょう?」

「真一郎さんなら、あなたのことを知っていると思ったのでしょうね。でも彼は不在でした。それで、あなたを私が預かっているので、私がお話しを聞きましょうということになったの」

「そうですか。重ね重ね、沙也香さんには、ご迷惑をお掛けします」
「いえ、そんなことないわ。それで会社が終わってから、お母様にお会いしたの」
「えっ、何を話したのでしょう、なんか怖いです」
「確かにあなたにとっては、怖いお話かもしれないわね」
「そんな……」
 
 愛菜は心配そうな顔して沙也香を見つめた。
「大事なお話なのでお母様から直接に聞いた方がいいのだけれど、本当にいいの?  赤の他人の私が……」

「はい。大丈夫です。お願いします」
「じゃぁ言うわね。実はあなたの出生のことなの」
「えっ!  私の生まれたことですか?」
「そうよ」
 愛菜は目を丸くしていた。

「父は、私が生まれてすぐに亡くなったと、母から言わました」
「それが違うようなの」
「えっ?」

 愛菜の顔がみるみる蒼ざめていく。なんとなく前からそんな予感があった。そう言われてみると、思い当たることがいくつかある。愛菜はそんな大事な話を母でなく他の人から聞くとは思っていなかった。その原因を作ったのは自分なのだが……。

「昔、あなたのお母さんと付き合ってた人がいたの」
「はい。その人は父ではなく、真一郎さんだと、この間、母から聞きました」
「ええ。それであなたのお母さんは、或る日、彼から脱げるようにしていなくなったの」
「それも聞きました。母は真一郎さんのお父さんという人からお金を貰って、それを私が酷いことを言ったので、母が怒って私を殴ったのです。それで……」

「そうね。その後のお話しがあるの。よく聞いてね、愛菜さん」
「はい」
 愛菜は、その時に家を飛び出したので、その後の話は聞いていない。
「実は真一郎さんと別れたとき、お母さんは妊娠していたの、それがあなた、愛菜さんなの」
「えっ?」
 愛菜の顔色が見る見るうちに青ざめていく。沙也香はじっと複雑な気持ちで愛菜を見つめていた、こんなことを言わなければいけない自分も辛かった。しかしもっと辛く悲しいのは愛菜なのだと、自分に言い含めていた。

 沈黙がしばらく続いていたが、愛菜は気を取り直して言った。

「わかりました。母は、わたしが真一郎さんに抱かれたことを言ったら凄く反対したの。その意味がようやくわかったわ。会社のことで会うまでは黙っていたけれどまさか彼とセックスをすると思っていなかったのね。母に悪いことを……そんな気持ちも知らないでごめんなさいお母さん……それに、こんなことを沙也香さんにお願いしてしまってごめんなさい。沙也香さん」

 愛菜は母の悩みを理解し肩を振るわせてさめざめと泣いた。
 その肩を沙也香が優しく撫でる。

「では、なぜ母は真一郎さんと結婚しなかったのでしょう?」
「それはわからないわ。教えてくれなかったの」
「そうですか。わたしは、本当の父とセックスをしていたと言うことになるのね。知らなかったとは言え、怖ろしいことを……」

「お互いに知らなかったのだから、仕方ないわ。でもこれからが大変ね」
「わたし、家に帰ります。母に謝らななきゃ」
 涙の目で愛菜は沙也香を見つめた。

「これから真一郎さんとは、どうするの?」
「もう、会いません。母を苦しめますから」
「では、真一郎さんには、わたしから言っておきましょうか?」
「いえ、自分から言います。今度は父として会います。辛いけれど……」

 恋しい人が、抱かれたい人が父だなんて……そんなこと酷すぎる。
 愛菜は今まで自分をこれまで育ててくれた母に感謝し、家出したことを詫びたくなった。そう思うと無性に母に会いたくなってきた。

「ありがとうございました。沙也香さん。これからも友達でいてね」
「もちろんよ。愛菜さん。今日は遅いから泊まっていって」
「はい。明日の朝に帰ります」
 その夜、愛菜はなかなか眠れなかった。


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