第６４話　機長とＣＡとの許されない恋

　その日の羽根田空港の空には綺麗な青空が広がっていた。
　少し前までのあの熱い日々は過ぎ､今は嘘のように晴れ渡っている。

　夏のバカンスを楽しむ人々は、それぞれの観光地で賑わっていたが、それが嘘のように引いて今は落ち着きを取り戻していた。
　空港のターミナルでは、家族連れや若いカップルなどが手に土産を持ち、キャリングケースを引きながら家路に帰って行く。

　そこには外国からのインバウンドの人達の姿がチラホラと見えていた。
　その場所では、彼等が別れを惜しむように男女が抱き合ったり､キスをしたりしている。
　そういう風景も今では普通になっているようだ。

　少し前までは、空港のカウンターに溢れるばかりの乗客達で賑わっていたが、今はほぼ平常に戻っている。
　そのターミナルの一塊(ひとかたまり)には中学生の修学旅行の生徒達がはしゃいでいる。
　彼等を指導する若い先生は汗を掻きながら引率をしていた。
　そのなかでスポーツ関係の団体だろうか､少年が持っていた大きなボールが彼の手を離れた。

　ボールは､白い床にコロコロと転がっていった。
「あっ、いけねぇ……」
　少年は慌ててそれを取ろうとして列を離れたときだった。
　そのボールはある男性の足下に転がっていった。

　それに気がついた人は、それを足で止め､拾い上げた。
　坊主頭のその少年はそこにやってきてペコリと頭を下げた。

「すみません､ボールが転がっちゃって」
「大丈夫だよ、でもこういうところでは気をつけてね、探していると迷子になるから」

　そういって男性はニコニコしながらボールを少年に渡した。
「うん！　有り難う」
「これから試合かな？」
「そうです！」
「じゃあ頑張ってね」
「はぁい！」

　少年はボールを受け取って、眩しそうにその男性を見た。
　その男性は帽子を被り制服を着たパイロットだった。
　彼の名前は名代亮太(なしろりょうた)という。
　走り去る少年に微笑みながら片手を上げ挨拶すると､キャリングケースを引いて再び歩き出した。

　その後ろから少し離れて付いてくるのは数人のＣＡ（客室乗務員）のようだ。
　彼等は数時間後に外国に出発するために集まってきたクルー（乗組員）である。
　その中には、密かに彼に愛されている深山真優(みやままゆ)がいる。彼女は亮太の後ろ姿をじっと見つめていた。

　真優は昨夜、ホテルで亮太に愛された余韻が身体の中に残っていた。
　それを思い出したのか頬をピンクに染めていた。
　しかし、亮太には妻と愛する娘がいるのだが。