第54話 見つめ合う女二人

文字数 2,892文字

 その日、沙也香のマンションに愛菜が始めて訪れてきた。沙也香の部屋は女の部屋にしてはさっぱりしている。どちらかと言うと男の部屋のようであり、あまり飾り付けなどはない。

 しかし目につくのは、やはり仕事柄だろうか、いろいろな情報機器が置いてある。
 それはパソコンが数台あり、プリンターはもちろん、ハードディスク、WiーFi機器、アイパッドやファックス、その他の機器がテーブルの上に置かれてある。

 あとは組立式のラックの中には、そういった類の雑誌や書籍がきちんと並べてあった。愛菜が何気無く見て見ると、『情報機器の扱い方』や、『使いこなすアイパッド』等の専門書の他に、愛菜の目を引いた本がありドキリとした。
 その本の背表紙には、『女が一人で生きて行く方法』、『避妊しない女の心構え』、『美しい緊縛』や『男を喜ばせる体位』と書いてある分厚い本がさりげなく混じっていた。愛菜はそれをみてドキリとした。
 見てはいけない物を見てしまったと思いながらも、そっとその本を取った。書いてあることが気になったからだ。ページをめくると男女が交合している写真やイラストが随所に書いてある。更にページをめくると、中から小さな物が彼女の足元にポトリと落ちたのだ。
 愛菜がしゃがんでそれを手に取ったものは、小さなピンクのビニールの袋に入った未使用の二つのコンドームだった。愛菜はあわててそれをページの中にしまった。自分は経験が無い訳では無いのに、初めて経験したときのように愛菜の身体に、生々しいあのときのような戦慄が走っていた。それは、ここに来る男性との関係において、その人と沙也香とはそういう性的な関係があるのだと直感した。

 さらに、愛菜が驚いたのは、洗面所に置いてある歯ブラシが、男女ペアでコップに入れてあり、その他にもタオル等、随所に男性の存在を意識させるものがある。愛菜は、そこに男の存在を確実に確認した。さらに気になったのは大型犬用の首輪やそのリードが無造作に置かれてあった。(あれ、犬を飼っていたの?)と思いながら、

(そんな人はいったい誰なのかしら?)と後で沙也香に聞いてみたいと思った。その人物は、まだ愛菜が気づいていない真一郎のことであることは言うまでもないのだが。
 そこから激しい女のバトルが始まるのだろうか。あえて、沙也香が愛菜に意識的に見せているということも考えられなくもない。その他には、花瓶に活けた花や、所々にセンス良く女らしい物もさりげなく飾ってある。

 カーテンも薄いピンクの花柄で、それを見ると女性らしさがそこはかとなく漂う。全体的に見てシンプルだけど、それはバランスが取れている。
 いかにも、几帳面な性格が出ている部屋だった。それを見た愛菜は、シンプルな自分の家とは全く違っていると思った。

「わぁ、沙也香さんのお部屋、きれいに整頓されていますね」
「ええ、でも男の子の部屋みたいでしょう」
「さぁ、どうかしら。私あまり男の子の部屋に行ったことないから、母と二人だけだし」
「そうなんだ」
「はい」

 愛菜は珍しそうに部屋の中を見ていた。沙也香は時々この部屋に真一郎が来て、沙也香を抱くことを愛菜にはまだ言ってはいない。もしそれを愛菜に言ったところでどうなるのだろうか。
「私の方が、あなたよりもずっと前から、真一郎さんに抱かれているのよ」とでも言えば良いのか、そうすれ愛菜が身を引くのだろうか。それはわからない。
 しかし、そんなことをしてまで真一郎を引き止める事など自分にはできない。それを決めるのは、あくまで彼自身なのだから。
 愛菜はそんな沙也香の気持ちも知らずに、部屋の中を珍しそうに見ていた。洗面所に来て彼女はふと気になったことがある。

「あの、沙也香さん」
「はい、何かしら? 愛菜さん」
 愛菜が指を指しているのは、洗面所の台の上に置いてあるコップに差してあるキャップのついた歯ブラシだった。
「これは男性用ですよね」
「そうよ」
「へぇ、沙也香さん、男の人もくるんですね」
「ええ、たまに」

 沙也香はうっかりしてた、それは真一郎のものである。もう、ここで正直に話した方が自分のためにも、又愛菜のためにも仕方がないと思った。

「沙也香さんは美人だからモテるんでしょうね」
「そんなことないわ」
「だってスリッパも男性用もありますし。それに、ごめんなさい。あの本も見ちゃいました。中に挟んであった物も……」
「えええ! そこまで見られているのね」
「ねぇねぇ、どんな人?」
 愛菜は興味のありそうな顔して沙也香の顔を見る。
「どうしようかしら?」
「もったいぶらないで教えてよ、沙也香さん」
「どうしようかな」

 沙也香はわざともったいぶっていた。ここで自分がもう一人の真一郎の女だとわかった時、愛菜はどう反応するのだろうか?  怒るのだろうか。それとも泣くのだろうか。
 沙也香には想像がつかなかった。しかし、自分だって女であり、あなたよりも真一郎さんの全てを知っている、と言いたい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。

 彼は自分を「都合の良い女」として公私ともに利用してきたという事実であり、それに甘んじてきた自分がいる。そんな自分を褒めてあげたい、と思いながらも、(いつまでこんなピエロを演じているのだろうか)そういう気持ちが、この若い愛人を見ていて思った。
「私、正直に言っちゃうおうかしら」
「教えて、教えて、沙也香さん」
「その人は真一郎さんなの」
「えっ?」
「驚いたでしょう。私も彼の愛人なの。でも黙っていたほうがよかったかしら」
「……」
 しばらく愛菜は驚いた顔をして無言だった。沙也香をじっとを見つめていた。そして、やっと口を開いた。
「そうなんですか、でも」
「いいわよ。何でも聞いて」
「真一郎さんが、ここで泊まることは分かりました。と言うことは、身体の関係もあったと言うことでしょうか?」
「そうよ」
 沙也香は、愛菜に挑発しているわけでもなく、淡々としていた。愛菜の反応を確かめるように、沙也香はじっと彼女の顔を見つめた。
「そうですか」
「ええ、でも、驚いたでしょう」
「はい」
「こんな私の部屋でも、愛菜さんは泊まる?」
「はい。だって泊まるところがないし」
「そうよね。余計なこと言ってごめんなさいね。せっかくあなたの好きな真一郎さんの愛人になったのに」
「いえ。良いんです。正直に言っていただいて」
「怒らないの?」
「なんでわたしが、怒らなきゃいけないのですか?」
「そうよね」

 沙也香は、愛菜に彼の愛人だということを話した。そしてほっとしていた。いつも胸に秘めていたことをいつか誰かに告白したかったのだ。それが奇しくも彼の新しい愛人だったとは。
 愛菜が真一郎を愛しているのなら、当然、同じ人を好きになる自分は敵になる。ここで愛菜は意外なことを言った。

「わたし、沙也香さんを好きになっちゃいました」
「えっ、どうして?」
「沙也香さんは、素敵です。正直だし、それに私に無いものを一杯持っているし」
「そうかしら?」
「あの……沙也香さん。よかったら私たちお友達になりませんか?」
「えっ?」意外な愛菜の言葉に、今度は沙也香が驚く番だった。


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