元魔王は愛が分からない・島は雨

文字数 3,002文字

 島には雨が降っている。サラギは鳥でも取りに外へ行きたかったが、雨に濡れるとキースが呆れた顔をするので今日は耐えておいた。こうなるとすることがない。キースは食卓で木の端切れを並べて何かしていた。正面に座ってそれを眺めると、不審気に眉を顰められた。

「何です?」
「何をしている」
「んー、設計ですかね。でも私には難しすぎます」

 キースは木の端切れを弄ることを止めたのか、疲れたように伸びをした。

「設計? 貴様が何を作るつもりだ」

 キースの作る物は大概が大味で、本人に言わせると「使えればそれでいい」なので、サラギの感覚からは大分ずれたものが出来上がる。どうせならサラギが作った方が良い物ができるとキースも分かっているのか、その目がちらりとサラギを捕らえた。

「何か動物を飼いたいと思って」
「家畜か悪くない。牛を飼え」

 牛の乳はサラギの好む食材だ。これがあるだけで、随分と料理の幅が広がるのは驚きだったし、是非とも欲しい。
 ただ、戦い以外ではあまり使えないキースに牛を飼うことができるのかは疑問だ。

「貴様は、牛を飼えるか?」
「牛は飼ったことないですね。貴方、魔界で牛飼いはしてなかったんですか?」
「するか。だいたい魔界に牛はいない」
「そうなんですか、残念。まあ、そもそも牛はこの島にいませんからね。鶏はどうです?」

 鶏、それも悪くないとサラギは思う。卵は重宝するし、肉も食材になる。

「貴様にしてはいい判断だな」
「そうでしょう? だから鶏小屋を作れないかと思って」

 腕を組んだキースが不意に柔らかく笑う。キースが笑うと、妙に落ち着かない気分になるので苛立つこともあるのだが、暗い目をされるよりはましだ。
 キースが暗い目をする理由をサラギは分からないでいる。人間に毒を盛られ裏切られたときすら、淡々とした感情を抱いていたくせに、今苦しそうな顔をするのは何なのか。

 ――魔法使いに殺されかけたからか?

 親代わりであり仲間であり友人でもあったと、キースが語っているのを聞いたことがある。サラギにはそんな存在がいないので、キースの想いなど欠片も分かりはしないが。

 ――俺に屈したのなら、俺のことだけ考えていればいいものを。面倒なやつめ。

 確かそれを、キースは愛だと言った。その意味は分からないが、口付けはそれを確認するものだと言ったのもキースだ。

「キース」
「はい?」

 手を伸ばして顎に触れると何を言う間もなく叩き落された。

「あまり触らないで」
「貴様っ、だいたいあれから一度も抱いていないだろうが、貴様が寝るから!」
「あー夜は寝るものだって決まっているじゃないですか」

 なんだかんだと言いながらキースはサラギに抱かれることを拒んでいる。風呂を作ってやった日も結局先に寝てしまったし、前は容易くできた口付けすら最近は拒まれる。さすがに腹にすえかねて、サラギは机の足を蹴った。これ以上こけにされることは許さない。

「机、壊さないでくださいよ」
「っ、これだけこの俺が譲ってやったんだぞ」

 キースは何も言わず、また木を弄り始めた。その手を掴んで指先に噛みつくと、キースの体が跳ねあがる。こぼれた息に艶がこもっているようで、サラギは口の端で笑った。

「貴様も欲しがっているのだろうが」

 これほど感じやすいのに、何故こうも頑なに拒まれるかサラギには全く分からない。欲は満たさなければ身が苛まれるだけだ。
 指に舌をからめて吸い上げると、キースがたまらないような声を上げた。

「やめ、てくだ、さ」

 こんなに力ない声で懇願されて止めるとでも思っているのだろうか。だいたい、ここまでサラギを煽っておきながら焦らし続けた方が悪い。

「貴様が悪い」

 指を解放するとキースはサラギの足を踏んでから、立ち上がる。

「何をする」
「触れるなと、言ったのに」

 どうするのかと思えば、キースは洞窟から飛び出していった。雨に濡れることは嫌いなはずなのに、そんなに嫌なのかと怒りが堪えきれなくなる。むしろここまで堪えてやっただけでもサラギにしてみれば格別なことなのだ。すぐに追いかけて畑の前で立ち尽くしていたキースの腕を掴むみ、そのまま肩に抱担ぎ上げる。

「放せ!」
「濡れるのは嫌いだろうが」
「いいんです!」

 ここまで言われて堪えてやることもないのだ。キースのことなど、何も分からない。キースとてサラギを求めたというのにこの扱いだ。人間と分かり合えるはずもないのだし、こうなればもう、サラギは自分の好きにすることに決めた。
 キースを抱き上げたまま寝室まで担ぎ、ベッドに投げる。

「ちょっ、布団濡れるでしょう!」
「だったら脱げばいい」

 黒い瞳が怒りを含んでサラギを睨みあげてくる。命を取り合ったときと変わらぬ殺意の炎が、久しぶりに燃えている。それを知って、サラギは身を震わせた。久しく見ていない美しいその火を、今すぐ全て欲しかった。
 跳ね起きるキースを布団に押し付けて濡れた服を剥ぐ。刺されてはかなわぬと、腰にぶら下げている剣は遠くへ投げた。壁にぶつかったのか、鈍い金属音の響きに、キースがびくりと身を震わせる。

「貴様が先に俺を欲しがっただろうが」

 はぎ取った服は剣と同じく遠くへ投げ捨て、もがく手を力ずくで布団に縫いつけると、キースが不意に顔を背けた。その唇が屈辱故か、震えている。それが酷くサラギを煽った。

「キース」

 耳元で囁くと、それだけでキースは跳ねあがる。

「あっ」

 屈辱に震えていたかと思う口が、やけに甘い声を漏らして思わずサラギはキースの顔を覗き込んだ。
 そこには頬を染めたキースが、欲に濡れた目で空を睨んでいた。
 ただ、耳元で囁いただけだ。それだけでこんな顔をされてはたまらない。


「……キース」
「っ、喋る、な」
「何もしていない。名を呼んだだけだろう」
「触れる、な」

 もしかしてこれは。

 服をまとわないキースの白い肢体を肩から下へと撫でてみる。それだけで、キースが悲鳴を噛んで跳ねあがり、その姿で確信した。

「貴様、発情しているな」
「――っ、そんな言い方!」
「だから、触れられたくないのか」

 自分一人がキースを欲してたのかと思えば、キースもちゃんとサラギを欲しがっていたのだ。それを一人耐えていたとでもいうのだろう。

「馬鹿が!」
「し、仕方ないでしょう!? 貴方に触れられると、勝手に、こうなるんです」

 布団に縫いつけていたサラギの手を振り払って、キースが身を起こしサラギに殴りかかってくる。避けきれず肩に受けた拳は、少しもなまっていないのが憎らしい。
 寝床から逃げるつもりのキースの足を掴んでもう一度布団に縫いつけると、睨まれるのも構わず口付けた。欲しいなら欲しいと言えばいいものを、なんと面倒なのだろう。

「これも人間の羞恥とやらか」
「……私の、矜持の問題です」
「俺に抱かれたがっていると思い知るのが怖いのか。面倒なやつだ」

 だったらもうキースを待ってやることなどしない。無理矢理に奪えばこれはサラギの欲を満たす為だけの行為になるだろう。
 キースはそれを望んでいるのかもしれない。だったらそれでいいと、サラギは思った。
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