魔王と労働

エピソード文字数 2,893文字

 金貨を得るには代価を支払わねばならない。今のキースに支払えるのは労働力か物品か。どこかで働くという選択肢は無しなので、物を売る、以外に答えはない。さて、何を売ればいいのか、とキースは腕を組んだ。身の周りのものは売りさばいてきたので、手持ちの売れる物はない。

 とすると。キースは周りを見渡す。茂る草や咲き誇る花、そろそろ育ってきた畑の芋でもいい。木材を運んでもいいが、目立ちすぎるか。取りあえずは、魔王の服とグラスさえ手に入ればいいのだが、どうしようかと頭を悩ませていると魔王が斧を片手に洞窟から出てくる。

 キースをちらと見ただけで森に入っていった魔王はやがて丸太を持って帰ってきた。何をするのだろうと見守るキースの前で魔王は丸太を組み合わせて、みるみる大きな机を作り上げた。魔王の工作第二弾である。釘を持っていないだろうなと思って見ていたが、魔王はどこでいつ手に入れたのか、石の楔で木をつないでいる。

「慣れたものですね」
「魔界ではこうして作る」
「釘の代わりは石なんですね」
「削って作る」

 本当に慣れているらしい。あれほど強大な力と魔力を持っている魔族でも、机の出来栄えを気にしたりするなんて滑稽だ。魔界のあちこちで工作が行われているとすれば、なんだか魔界を見てみたくなる。

「お前は何をしている」

 魔王がキースに話かけることも自然になってきた。内心ではほくそ笑んでいるが、それを表には出さずキースは苦い顔をして見せた。

「貴方の為にお金を稼ぐ方法を考えているんです」
「奪えばいいものを」

 細かい所は人間臭いのに、やっぱりこういう所は魔族なのだと思い知らされるのも、もう慣れてきた。

「だいたい貴方の為のお金なんですから貴方も協力してくれません?」
「知るか、俺がこんな目にあっているのは貴様のせいだろう」

 それはそうなのだが、何かふに落ちない。

「そうだ、貴方の工作、売れませんかね。あー、でも机を何個も運ぶのは大変か」
「俺が作るとでも思っているのか」

 鼻をならした魔王は机を持って洞窟に戻ってしまう。最近の魔王はごそごそと何かしているのだが、それは全て自分の気に入った生活をする為の改善だ。キースに命令することは諦めたらしい。

『貴様は使えん』
 もう何度も言われた言葉を思って苦笑する。

 仲間の女僧侶に言われた言葉を思い出したからだ。
『キースって男前だし強いし優しいけど、生活力ないから結婚には向かないね』

 魔王を倒す旅の間に野宿生活も随分したが、食事や寝床に頓着しないキースに代わって、仲間が随分と過ごしやすい環境を作ってくれていた。
『キースに任せると草で寝て草を食べなきゃいけないから』
 随分な言われようではあったが、仲間に任せた方が快適でもあったので、キースの仕事は力仕事と戦闘に絞られていたのだった。

 ――だからマリーにも笑われたのか。

 無人島で一人暮らしをすると告げて、唯一誘った師匠兼仲間兼友人の大魔法使いマリーはキースの誘いを一瞬で蹴った。
『お前と暮らす程枯れちゃいない』
 マリーもキースのように人に関わらず、人里離れた山奥で弟子達と三人暮らしをしているから誘ったのだが。

「はー。頼るのは嫌なんだけどな」

 今回ばかりはマリーを頼らねばならぬかもしれないと思うと気が重かった。何を言われるか分かったものじゃない。しかし、各地で家族を持ち、静かに暮らしている他の仲間を頼るのも心苦しかった。
 しかも、用事が「金貸して」だ。

「やっぱり、もう少しなんとかしよう」

 マリーに頼るのは最後の手段、とキースは釣り竿を取りに洞窟に戻る。取りあえず魚と木の実でも売ってみるしかない。
 洞窟中では魔王が作った机と元からあったキース作の机を取り換えている所だった。食卓に据えられた魔王の机は大きくてなかなか便利がよさそうだ。キースの机は部屋の隅に寄せられ、魔王はその上に食材を置いた。調理台らしい。

 ――だからマメなんですってば。

 こみ上げる笑いをこらえて釣り竿を手にすると、魔王が眉を顰める。

「もうしばらく魚はいらないんじゃないのか」
「いえ、売る用にしようかと」
「貴様のそれで売る程になるのか」

 鼻で笑われてかちんときたが、何でもない顔をしてみる。返事を返さず洞窟を出ると、魔王がついてくる。

「何です?」

 魔王は黙ったままで崖を駆け降り、直ぐに戻ってきたかと思うと、そのまま洞窟に入ってしまった。本当になんだと首を傾げたキースだが、釣り場についてようやくその意味を知る。
 釣り場の海面には沢山の魚が浮いていたからだ。

「まさか魔王が」

 以前にもやった魔王の釣り、もとい、漁だ。

「私の為に?」

 というか、金の為に?
 魔王が。労働を。

「どれだけ硝子欲しいんですか!」

 海に向かって叫んだあと、せっかくだからと慌てて魚を掬い上げる。魚籠に入りきらない程の魚を掬い上げながら、あれはもしかして大きな子供なのではないかと思った。


 重い魚籠を抱えて洞窟に戻ると、魔王はまた工作をしている。石を削って何を作っているのかは分からないが、キースのことをちらとも見ない。あえてその正面にまわりこんで、キースは満面の笑みを見せた。

「魚をありがとうございます、私の為に」
「貴様の為ではない」
「そう言うと思いましたけど」

 言葉と行動が裏腹なのは可愛い、とは口が裂けても言えないが、キースはわざとらしく微笑みかけることで留飲を下げた。

「さて、どうしようかな」

 この大量の魚を売る手はずを整えなければならない。適当な街の市場で市を開いてもいいが、それでは人目に付きすぎる。変装をするとはいえ、あまり目立つこともしたくない以上、商人に買って貰うのが一番だとは思うが、つてがないので、それを探すことから始めなければならない。勇者キースの姿であれば信用は得やすいだろうが、それはしたくないので地道に現地で掛け合うしかないだろう。

 問題は、魔王だ。

 魔王を連れて街に入る訳にはいかないので、島に置いていくが、その間はキースの魔法力を注げなくなる。側にいれば空気を吸うようにキースの魔法力も少しずつ吸い上げているのでいいが、離れると魔法力の切れた瞬間に灰に戻るだろう。

 ――また封印して、一から作るか?

 一瞬よぎったそれはすぐに頭の奥に消し去った。「この魔王」との生活はようやく入口に立ったばかりだ。まだこの魔王を見ていたい。

 ――ぎりぎり形を保っていられるくらいの魔法力を置いていくしかないか。

 自分の見ていない所でどんな反応があるか分からないのは危険だが、魔王が力を持ち過ぎない微量な魔法力に調整して指先程の結晶を作る。それを小袋に入れて紐で魔王のベルトにくくりつけてしまえば、なんとかなるだろう。見目はかなり不格好になるが、魔王はきっと気にしない。
 魔王が見た目に無頓着なことに、キースは初めて感謝したい気分だった。
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