元魔王は愛が分からない・元勇者の事情(※)

文字数 4,085文字





 どうして言えるというのだろう。

 ――触れるだけで欲情するなどと。

 他の何に代えても、サラギと過ごす時間が欲しかった。だからマリーを悲しませワグを傷つけ人間をも裏切ったのだ。それは愛なのだと思った。サラギがいればそれだけでもう何も求めないと思ったのに、欲深い体が快楽を求めている。
 それはキースにとって耐えがたい苦痛でもあった。

 ――違う、快楽が欲しい訳じゃない。

 どれだけ言い聞かせても、サラギの手が肌に触れると欲望を煽られては声を殺さなければなくなる。
 これではまるで愛などではなく、ただの欲ではないか。

 それを吐きだす為の凶悪な感情に苛まれながら、キースは耐えることに必死だった。ともすれば暴走した欲でサラギを布団に縫いつけて、その中まで暴きたいと思ってしまって、そんな夜は隣で眠ることもできなかった。

 そうやって耐えてきたことを、いとも簡単にサラギは超えてくる。
 ベッドに投げられて服を剥ぎ取られたら、もう抗うことは難しかった。ひんやりとした感触の指先が肌に沈み込む快さを、知っている。

「キース」

 少し掠れた声が耳元で囁いてくる度に体が震える。
 耳を食まれてこぼれそうになる声を噛んでは指で口をこじ開けられ、隠している快楽の声を暴かれる。その度にサラギが満足そうに笑うことも、キースを煽った。

「まだ少ししか触れてないぞ」

 羞恥を煽る言葉にだらしなく悦ぶ体を、本当は知られたくなどないのに、拒むことは難しい。

「っ……」
「もっと鳴け」

 首筋に軽く歯をたてられ、たまらず布団の端を握る手をそのまま縫いとめられ、自由は奪われた。見下ろしてくる銀の目に欲望の熱を見て、キースはもうかなわないと息を吐いた。
 このサラギの目は、他にないほど美しいのだ。
 欲望にみなぎった、サラギの熱がこもった目から逃れられなくて、押し倒され貪られる屈辱にすら耐えてしまうのだ。

 ――そうでなければ、誰が男になど。

 首を啄んでいたサラギの口が鎖骨を乱暴に噛む。

「いっ」
「鳴けと言っただろう」
「いや、です」
「強情が」

 なぜか嬉しそうに笑ったサラギが臍の周りを撫でた。一見、手荒そうなサラギの手管は、実はそれほど乱暴ではなく、その柔らかさにもキースは揺さぶられる。
 いっそ、乱暴に無理矢理に暴かれた方がどれだけ楽だろうか。こちらの欲望をも煽ってくるサラギのやり方は実に人間の恋人同士のようだった。
 臍の周りを撫でていたサラギの手がようやくキースの股を揉む。それだけで、限界だった。

「あっ」
「貴様の体は耐えることを知らんな」
「っ、そんなこと!」
「もう鳴いているではないか」

 ぐじゅと濡れた音をたててサラギの指に擦られるそこは、実にだらしなく悦びを表している。その音を聞いてしまうと羞恥に全身が震える。それが好きなのか、サラギの指は執拗だった。先端を撫でられ濡れた指が茎の根元まで包みこんでは激しく擦っていく。

「――ぁ、は、っ」
「これでは女など抱けまい」

 喉の奥で馬鹿にするように笑われ反論したいのに、今声を出しても言葉などは出てこず、殺した嬌声が上がるだけだろう。だからキースにはサラギを睨みつけることしかできないのだが、サラギはそれも気にいっているらしかった。

「いい顔をする」

 口元に笑みを浮かべるサラギの顔こそ、欲にまみれて凄絶に美しく、淫らだった。それを見ているだけで達してしまいそうになるのはもう、どうしようもないのだろう。

「あ、っ……!」

 サラギの手に包まれたままで、達した。息が乱れてしかたがない。
 息が整う間もなく口付けられて、痛いほどに舌を吸われる。絡んでくるサラギの舌を舐めると、ざらりとした感触に、また萎えたはずの欲望が煽られる。
 一体、自分の体はどうしてしまったのだと思うのは遠くにある理性で、そんなものは簡単に欲望に流されてしまってどうしようもない。

「んっ」

 口付けから解放されて布団の上で呆けるキースを、サラギはじっと見つめるとそのまま抱きあげた。膝の上に乗せられる子供のような格好に羞恥でまた身が熱くなる。

「なん、ですか」
「この前のように乗れ」

 まだぼんやりした頭ではサラギの言葉をきちんと理解することもできず、キースは力なくサラギの首に抱きついた。


「この前?」
「貴様を一度抱いたときのことだ」

 あの時のことは、正直詳しく覚えていない。魔王を殺して自分も死のうと覚悟を決めていたあの時は、魔王の動き一つ一つについていくだけで必死だった。こんな風に魔王の膝に乗っていた気もするし、そうでなかったような気もする。
 なぜこの態勢になったのだったかと逡巡する間に、サラギの手が尻の孔を揉む。

「ちょっ、あの、急に」
「軟膏を塗っている。痛めると貴様はすぐ炎を呼ぶからな」

 いつの間に軟膏など手にしていたのかと舌を巻くが、そんな余裕はすぐに奪われた。とがった爪先が刺さらないように気を付けているのか指の腹で丹念に軟膏を塗られて、その場所がしびれるような感覚になる。

「こんな、こと」
「またそれか。俺にならば抱かれてもいいのだろうが」
「そ、う、ですけど」
「今日は中に注ぐ」

 はっきりと言い切られて、もう逃げられないのだと知る。魔族と交わったらどうなるかなど、キースには分からない。女ではないので子を孕むことはないだろうが、それでも少し恐怖はある。けれど、それを凌ぐ快楽と欲望に支配されてしまえば、抗うことは難しい。

「あ、やめ、サラ、ギ」
「やめん」

 軟膏を塗り込む指を一つ二つと狭い場所に咥えさせられて異物感に息がつまった。思わず目の前の肩に噛みついて、怒られた。

「食うな」
「んっ、でも」
「鳴けと言っているだろう。何故そうも声を噛む?」
「いっ、あ、嫌、だから」
「また人間の羞恥か――いや違った、元勇者の矜持とやらだったな」

 矜持――今はそんな言葉が異国のものほどに遠い。

「抱くぞ」

 低い声が耳元で囁いて、そのまま貫かれる。指などとは比べようもない異物感に貫かれて、勝手に体がそりかえり、声が漏れた。

「あ――っ、いや、だ、苦っ」
「音を上げるのが早いな。キースともあろうものが」

 くつくつと喉の奥で笑うサラギは咥えさせた自身を更に奥へと穿っては荒い息を吐く。その乱れた吐息が扇情的などとは、思いもしないのだろう。けれど、それが更にキースを煽りたてるのだ。

「あっ、ああ、いや、奥っ」
「最奥に注いでやる」

 ぞくぞくと背中から粟立ってキースは震える。求められる快楽は何物にも代えがたい。これ以上、はしたなく求める声が漏れぬように、ぎりとサラギの肩を噛んだ。

「食うなと言っただろうが」

 それでもキースをはがすつもりはないようなので、そのまま首にすがりついて肩を噛んだままでいようと決める。

「壊れるなよ」

 その言葉と同時に腰を掴んでいたサラギの手が激しく揺れる。体をゆすられ内側を擦られ、足の先から頭の先までが、切り裂かれたようにびりびりと痺れた。

「い、やだ、嫌っ」

 こんな場所は鍛えることもできない。生まれたときから、誰にも触れさせることもなく、自分ですら触れたことのないような場所を、サラギに暴かれている。何も知らなかった肉が、サラギだけを知っていく。
 それは壮絶な恐怖であり、強烈な快楽だった。
 サラギの肩を噛んでいた口が勝手に声を吐きだし始める。

「あ、ああっ、だめ、だ、こんな」

 少なくともこの場所だけは間違いなくサラギのものになっていくのだ。
 全身の粟立ちが止まらない。恐怖と快楽、両方に支配されてもう何がなんだか分からなくなる。

「キースっ」

 息を乱したサラギがキースの顎を掴んで、まっすぐに顔を覗き込んでくる。欲に濡れた目は、やはり美しい。

「貴様、今、己がどんな顔をしているか分かっているのか?」
「し、らな、い」
「だろうな……こんな、極上の――誰にも、やらん。これは俺のものだ――」

 そのまま、より深く穿たれ、骨が折れそうに抱きしめられ息が止まった。
 貫かれ擦られ抉られる快楽は耐えようもなく快かった。

「んっ――もう、いや、だ」
「そう嫌がるな」

 面白そうに笑って、サラギの動きがより激しくなる。もう声を噛むこともできなかった。

「あっ、ああ、も、むり……っ」
「覚悟しろ、キース、注ぐぞ――っ」

 嫌だと言っても意味などないのだろう。キースはサラギの首にしがみつき、その迸りを受け止める。

「あ、あつ、熱、い――」

 吐き出される感覚は更にキースをぞくぞくと快楽へ落としこんでいく。まるで女のように体を開いて、サラギに暴かれ、性を注がれた。サラギにとってただ一つの執着のように求められた。
 散々擦られた内壁に熱く注がれた液が絡みついて、ざらりと垂れ落ちてくる感覚に、キースは全身で震えて、それから果てた。

「んっ!」

 耐えきれなかった欲望がサラギの腹を濡らして垂れ落ちた。
 薄青の肌を、キースの白い欲望が染めていくのを見つめるとまた体が昂りそうで慌てて目を背ける。

「俺に注がれて悦ぶとは、貴様、随分乱れた体をしているな」
「……黙れ」
「これで貴様は俺のものに間違いないだろう」

 サラギは見たこともないほどに満ち足りた笑みを浮かべていて、それはキースをも満たした。
 同時に凄絶な欲望を抱いて、キースはそっと笑う。

 ――貴方こそ、私のものですよ。

 きっとサラギは分かっていないだろうが。
 キースを欲すれば欲するほど、サラギの艶は高まりキースの雄を刺激するというのに。今は抱かれることに甘んじてやるが、このままにするつもりはない。

 ――まあでも、今は貴方のものになりましょうか。

 求められる熱は、恐ろしく心地よかったのだから。
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