魔王と寝床と釣り

エピソード文字数 5,847文字



 魔王は存外、マメだった。

 キースがベッドとした枯れ草の寝床が気にいらないらしく、近くで見つけた青々しい草も嫌だと言う。ついにはキースの寝袋を欲しがった。その時には思わず吹き出してしまったが。寝袋に入る魔王。あまりに愛らしすぎるではないか。
 しかし魔王は寝袋に入ることはなかった。

「これですけど」

 渡した寝袋をまじまじと見つめた魔王は、爪先でそれを引き裂いた。何をしているのか問う間もなく、それは一枚の四角い布になる。

「なるほど布団」

 魔王は黙ったままで、今度はベッドそのものを見つめている。キースの作ったそれは、適当に切り倒した木の枝を紐で結び、筏のようにしたそれを床として、その上から枯れ草を置いていた簡易ベッドだ。
 確かに、キースよりも頭一つ分は背の高い魔王にしてみれば小さいのかもしれない。
 一体何をするのだろうと、面白く見つめるキースの前で、魔王は腕を組むとキースを睨む。

「もっと太い木はないのか」
「そこら中にありますよ。ただ、私はどうしても斧を使うのが苦手で」

 斧で戦うのは得意なのだが、木を切り倒すとなると木こりには敵わない。
 魔王はキースの言葉を最後まで聞くこともせず洞窟を出ていく。

 ――でも、随分話しかけてくるようになったな。

 なんとなく心躍らせながらキースも外に出ると、魔王は近くにあった木の幹を叩いてから、キースに向かって手を伸ばした。

「ああ、斧ですか」

 きっと必要だろうと手にしていたそれを渡すと、魔王は片手で悠々と振り上げ、木の幹に打ち込んだ。まるで柔らかい茎を切ったかのように、それだけで木が倒れた。魔族の力は人間の何倍もあることは分かっているが、魔力を無くしてすらこれなど大したものだと、キースは思わず手を打ってから、そんな自分がおかしくなった。

 ――何を感心してるんだか。

 随分、便利な偽物を作ったものだ、と自画自賛しながらしばらく見守ると、魔王は倒した木の幹を縦から半分に裂き、それを洞窟に運んだ。

「凄いな、これから木の加工はお願いしましょう」

 一人呟きながら洞窟に戻ると、魔王は運び込んだ木材を並べて、紐で結んでいる所だった。元々あったキースの作った枝筏もどきの紐を切ったらしい。それを見ながら、キースはまた吹き出した。

 ――魔王の工作。

 それも随分と手際がいい。紐が足りなくなったのか、魔王が不機嫌な顔で手を伸ばしてくる。

「ああ、紐ですね」

 紐なら最初からかなりの量を持ちこんである。きっと役にたつだろうと思ってのことだが、正解だった。
 魔王は黙ったままで、丸太を半分に切った木材を組み上げ、みるみる出来あがったそれは高さのあるベッドだった。椅子としても座れる程の高さは、きっと地熱の影響を受けないので寒さにも強い。
 その上に元からあった枯れ草を投げて形を整え、元キースの寝袋だった布を敷いて、魔王はその上に腰を下ろした。

「凄いですね、あっという間に立派なベッドだ」

 魔王の工作はなかなかの出来栄えで、自分のベッドの貧相さが寂しげに見える。

 ――私の分は、作ってくれませんよねー。

 魔王はそのままベッドに横になり、キースから顔を背けて壁の方を向いてしまった。寝心地でも試しているのだろうか。

 ――律儀。

 思うと、また吹き出さずにはいられなくなる。
 全く、いくら偽物とはいえ、こんな魔王は面白すぎるではないか。しばらくの退屈しのぎにはなりそうだと、キースは満足の笑みを蓄える。

「いやあ、まさか魔王がベッドを作れるなんて思いもしませんでした」

 というか、寝心地にこだわるなど、いちいち面白い。この偽物はキースの想像の産物なのだから、これも自分の想像範囲内のはずで、自分がこんな想像をしているとは思いもしないのだが無意識下のことなのだろうか。

「木を切るのは苦手なので、これからな貴方にお願いしてもいいかもしれないですね」

 木材が沢山手に入れば、もう少し家らしいものが出来るかもしれない。洞窟に不満はないが、せっかく時間はあるのだから、釣り小屋くらいは作れたらいいかもしれないと思った。

 それから魔王は死んでしまったようにベッドに横になったままで、眠っているのかと確認してみるとぎろりと睨まれる。まるでじっと力を溜めているようで不気味ではあったが、キースはただじっとそれを見守った。



 そして食事を取らなくても大丈夫なのかと心配になってきた五日目。

「気にいらん」

 不意に、魔王の声が響いた。

「何がですか?」

 魔王から会話をしたがっているのだと気付いたキースは、さらりと受けながら、そっと微笑む。距離を縮める際は少しずつ。動物でも怪物でも人間でも、きっと魔王でもそれは同じことのはずだからだ。
 魔王はベッドから身を起こして椅子のように座ると、キースを睨んだ。銀の長い髪がさらさらと肩に落ちる姿は、異形ながらに美しい。

「人間界なのに、ここは暗い」
「外は明るいですよ」
「ここは暗い」

 これは住居に対する不満なのだろうか。光苔を壁に植えてはいるが、寝室は明る過ぎない方がいいかと少なめにしてある。その代わりに松明を焚いているので、寝るには十分の明かり具合だと思っているが、魔王は不満らしい。

「洞窟ですから、仕方ないですよ」

 キースが肩を竦めると、魔王は憮然としたままで、呟いた。

「魔界にいる頃のようだ」

 魔王が魔界の話をするなど想像もしていなかったキースは心底驚いたが、続きを聞きたくて何でもない顔で相槌だけを打った。魔王は独り言のように続ける。

「まだ魔王になる前はこんな洞窟で過ごしていた」
「そうなんですか」

 突然の身の上話に驚きながら、キースはじっと魔王を見つめた。

「魔王は生まれながらにして魔王なのかと」
「違う。力あるものが王になる。俺は前の王を倒して王になった」
「なるほど、実力世界」

 魔族の頂点に立つ存在ともなると、分かりやすいその仕組みは的確に思えた。

「貴方も魔王でない時があったんですね。不思議な気分だ」

 キースとて生まれた時から勇者だった訳ではないのだから、そういうことなのだろう。
 それにしても、この偽物は思いもしないことを喋る。キースが作り上げたものとはいえ、灰は魔王の体だった訳なので、それが関係しているのかもしれない。

 ――だとすれば、完全な偽物ではないと? 

 そんなことを考えてから、キースはそっと苦笑する。何にしろこれは「魔王」ではないことに変わりない。キースにできることは、目の前にいる偽物と共に時間を潰すことくらいだ。

 そしてそれは信じられない程にキースを満たしていた。

 ◇

 魔王との奇妙な生活は驚く程穏やかだった。

 とはいえ、魔王はほとんどを寝床と食卓で過ごしているし、めったに口を開かないので、時々動く置物と共に過ごしているようなものなのだが。それでもキースはこの日々を楽しんでいる。

 暗いと文句を言われた寝室をどう改善すればよいかは分からなくて今は放ってある。今のキースの仕事は食料の確保だ。
 持ち込んだ食料はほとんど尽きている。移動魔法があるので、いつでも街まで買い物にいけるのだが金は全て復興中の村に渡してきたので、手持ちはない。それでなくとも、城から勝手に出てきた身、あまり人目に触れるのは避けたい。

 元々、自給自足してみようと思っていたので、簡単な農具や釣り竿などは持ち込んである。畑は洞窟の前に作ってあるので、その手入れは昔家族と過ごしていた頃を思い出して楽しかった。
 島内には大型の動物はいないようだが、鼠や鳥はいるので、肉が必要ならそれらを頂く。釣りをすれば魚を頂けるし、キースが一人細々とやっていくには十分なのだが、二人分になるとこれまでより釣りの頻度は高めなければならないだろう。

 ――でも、魔王って案外食べないんですよね。

 耐えているのか、元々食事を必要としないのかは、まだ分からないが、それでも用意しておくにこしたことはないだろう。

「じゃあ、私は釣りにいきますね」

 寝室よりは明るい食卓側がいいのか、魔王は時折食堂――食卓と椅子と食料があるだけの空間だが――に来て地面に座り込んでいる。その姿を横目で見ながら、聞いてないだろうとは思いつつも、キースは魔王に声をかけた。
 いつもは目も合わせない魔王が珍しくキースをちらと見る。何か言いたいのかも、と足を止めると、魔王は不意に鼻を鳴らした。

「何です?」
「こんな毎日に飽きないのか」

 何気ない言葉ではあったが、これは魔王がキースの心情を問うた初めての質問だった。キースは自分の頬が勝手に緩むのを止められないでいる。

 ――少しは私に興味が出てきた、のかな。

 だとすれば、嬉しい。

「飽きないですね、やることは沢山あるので忙しいし」
「釣りがか」
「釣りもですし、畑も広げたいし、ほら貴方が寝室を暗いとか文句言うからなんとかしなければだし、私の寝床も何とかしたいですし。食いぶち増えましたからね」


 指折りながらやりたいことを述べていると最後の方で魔王が嫌そうに眉を顰めた。

「俺は好きでここにいる訳じゃない」

 食いぶち増えた、が気になったらしい。そんなことを気にするなんて存外可愛い、とキースは吹き出す。

「だったら貴方も何かやってくれます?」
「くだらん」

 まあそうなるか、と苦笑しながら、キースは釣り竿を持ち直した。今日は天気がよくて海が荒れていない。きっとそこそこ釣れるだろう。反応を期待してのことではないが、なんとなく魔王に手を振ってから洞窟を出ると、驚くことに魔王がついてきた。こんなことは初めてで思わず立ち止まると、魔王は形の良い眉を顰める。

「早く行け」

 これはもしかして、もしかして、一緒に釣りにいくつもりなのだろうか。


 ええええええ!?


 叫びそうな口をなんとか結んで、キースは黙って釣り場に向かった。


 洞窟から坂道を下り、崖を飛び降りる。切り立った岩場を少し座りやすいようにならしたそこがキースの釣り場だ。いつものようにそこで竿を構えると、キースはちらと振り返る。

 ――いる。

 魔王はキースの後ろで海に向かって座り込んでいる。
 何をするでもないが、じっと海を見つめている魔王は妙に穏やかな目をしていて、魔王でもこんな顔をするのかと不思議になった。

 そのまましばらく釣りをした。成果はまあまあで、小ぶりの魚と大きめの魚を少しずつ釣った所で竿を引き上げる。するとそれまで黙って海を見つめていた魔王がようやく口を開いた。

「それだけか」
「少ないです? 貴方、魚好きなんですか」
「その方法も面倒だ」
「は?」

 魔王はすくりと立ち上がると、そのまま海に飛び降りた。何をするのだと見守るキースの前で、魔王は海面を叩いた。それからすぐに上がってくる。濡れた銀の髪が頬にまとわりついていて、綺麗だと思った。

「早く取れ」
「はい?」

 顎で示された海を見ると、魚が浮いている。キースが釣った分の何倍もの魚が死んだように海面に浮いていて、キースは魔王の濡れた服の袖を掴んだ。

「何やったんです?」
「叩いた」
「叩いたって――」

 腕力にものいわせて海面に振動を与えたということだろうが、今の魔王にそんな力が残っているなんて。ただ海面を叩くだけでは海中の魚になんら影響を与えないはずなのだが、浮かび上がってきた魚は、その振動に気を失っているのだから力を押して知るべし、である。魔力だけが魔王の強さではないのは分かっているが、キースはしゃんと背中が伸びる気がした。

 ――気を抜いてはいけない。

 偽物のくせに、この魔王は力を持っている。その力を少しでも恐れれば圧倒的有利なこの状況すら揺るがされかねない、とキースは平穏を保った。

「あのね、貴方、こんなに魚食べるんです?」
「置いておけ」
「腐りますよ」
「腐る? 城では大量の魚を保存していた」
「魔界の魚と一緒にしないでくださいよ」
「人間界の話だ」

 確かに魔王は大陸に城を持っていたが、そこで魚を保存していることなんかも把握していたらしい。ただ力を振るうだけが魔王かと思っていたが、兵糧の管理などもするのか、と今更気付く。
 魔王とは全てを統べるもの、それは以前魔王が自ら語っていたことではあったが。

「貴方、あまりそんなこと言わない方がいいですよ」

 兵糧の管理をするなんて、なんとなく威信が揺らぐ気がする。全ての上で威張り散らしている方が「らしい」気がするのだ。

「何を言っている、とにかく早く取って保存用にしろ」
「私、料理人ではないので干すことしかできませんし、あんなに沢山干したって食べきれないでしょう」
「食わん分は捨てろ」
「駄目ですよ、無駄に命を奪うことはしません。食べきれる分だけ取ればいいんです」
「それでこんな面倒なことをしているのか? ――やはり貴様は馬鹿だな」

 心底呆れたような声を出した魔王が背を向ける。せっかくここまで出てきてくれたのにこのまま否定だけしては悪かったか、とキースは浮いた魚を魚籠に入るだけ取って魔王に押し付けた。

「すみません、荷物が多くて持てないので、持っていって貰えますか?」

 魔王は嫌そうに眉を顰めたが、キースの手から籠を取り上げてさっさと崖の上に戻っていく。 

 その姿を追いながら、キースは口元を手で押さえた。

「凄い」

 あの「魔王」が、魚を取った。

 キースとここで生きる為に、初めて自ら動いた。
 湧き上がってくるのは止まらない喜びだ。キースはこの場所で初めて「仲間」を得たのだ。それと同時に何度も口走りそうになる言葉。

「可愛いですね」

 魔王の反応はなんて可愛いのだろうと思う。そんなことを思う自分はどうかしているのだろうが、それでも、戦い以外の姿を見せる魔王を、キースはもっともっと見てみたいと思う。
 戦い以外で胸が高鳴るなんて初めての感覚だ。

 魔王の前ではこの感情を漏らさないようにしよう、とキースは誓い代わりに拳を握った。
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