元魔王は愛が分からない・キース

文字数 2,930文字

 魔法使いはサラギの封印を確認にきたのだと言った。そんなことの為にわざわざ御苦労なことだと思ったが、魔法使いの真顔を見るに、それは重要なことなのだろう。それはつまり、サラギの力が大きくなっているということでもある。

 恐れられるのは悪くない。それがキースすら頭が上がらないという魔法使いであれば、尚更だ。
 魔法使いは何をどう確認しているのか、サラギの手を掴んで握りしめたあとそっとこぼす。

「まあ大丈夫だろう」
「これがなければ俺は自由に魔法を使えるのか?」
「そんな訳ないだろう。契約をして修行をして、それからだ。それより、お前、私に用事でもあったのか? さっきちょうどいいと言っただろう。キースに何かあったのか?」

 ああ、と頷きながらサラギは畑の真ん中でキースの植えた野菜の葉を啄んでいる鶏を指さす。

「あれの名を考えろと言われた」
「鶏? はは、ついに家畜まで飼いだしたのか。で、その鶏の名を付けるのか」
「キースが言いだした」
「それをお前に付けろと。キースらしいじゃないか。お前が鶏に愛着を持てるようにだろう」

 何故、言葉も交わしていないくせにそんなことが分かるのか、と一瞬不愉快になる。サラギにはキースのことなど何も分からないのに、同じ人間だというだけでそんなに分かるものなのか。サラギの顔を覗きこんだ魔法使いが声を上げて笑うのも不愉快の原因ではあるが。

「お前、分かりやすい嫉妬するんだな。ふん、意外に御しやすいのか? まあいい。名前くらい付けてやればいいじゃないか」
「くだらん」
「そんな訳ないだろう。キースがお前の為に頼んだことだろう?」
 お前の為に。
 その言葉を聞いて、サラギは一つ、分かったことがある。
 時々、キースに対して戸惑いと苛立ちが襲うときがある。それは「キースがサラギの為に」何かすることだ。屈したものが尽くすというのは当然のことなのだからそれ自体は別にいい。問題はキースが「己の為に」何かすることが極端につり合わないと感じるからだ。
 サラギの欲しがったものはなんだかんだ文句を言いながらも揃える。どれだけ抗っても抱かれた。
 比べてキースには自分の欲を自分で叶える気がないのかと思える程で、それは執着のなさを見ていても分かることだ。人間のことが人間にしか分からぬならば。
 サラギは魔法使いを見つめた。

「剣士のくせに剣にこだわらないのはどういうことだ」
「なんだ、急だな。キースのことか? ああ、まあ、あいつは剣の性能が強さと釣り合うなどとは思わないからな。剣という体裁と整えていればそれでいいと思っているんだろう」
「剣士にとって剣は命を預けるべき物だ。それでもか? それだけじゃない。あいつの執着のなさは何だ? 人間は欲深い、そういう生き物だろうが」

 見つめた魔法使いは驚いたように目を見開いて、それからすっと閉じる。金の長い髪が風になびいて日の光を浴び光るのをサラギはじっと見つめた。
 魔法使いはしばらく口を開かなかった。何かを考えているのか、それとも何も教える気がないのか、黙ったままでサラギを見つめている。大きな目の光がサラギを責めているようで、それは甘んじて受けた。


 どれほどの時間が過ぎたか分からないが、やがて魔法使いがそっと口を開く。

「キースはな、お前を倒す為に育てられた。勇者とする為に父親からしっかり育てられたんだ。勇者の心得を知っているか。人の為、世の為、常にそれが他の全てより優先する」
「正義だとか平和だとかではないのか」
「それは結果だ。人間の為に戦ってお前を倒したから正義であり平和を得た。まあ、そんなこんなで、あいつは常に自分をおろそかにする癖がある」

 まあそうだろう、とサラギは頷いた。キースは自分をおろそかにする、それも無自覚にだ。

「執着のなさは私のところに来た頃からだよ。それがあんまりだったから直させようとしたんだけどな。私にできたのは服装にこだわらせることくらいだ」
「ああ、だからあんなに服が好きなのか」
「服が好き? あれで普通くらいだろう。困ったやつだよ本当に。唯一、本気で執着したのがお前ときている。趣味が悪いったらない」

 育て方を間違った、と忌々しげに吐き出す魔法使いだったが、サラギは落ち着かない気分になってしまった。様子を伺うように魔法使いがやたら見つめてくるのも気になる。
 まあこれでキースの異質さの理由は分かった。あれはしみついた性質で、きっと直らないのだ。だったらいちいちその度に苛立っても仕方がないのだろう。
 これで魔法使いに用はない。

「早く帰れ」
「おいおい随分勝手だな。まだ鶏の名も聞いてないのに」
「キサマが付けろ」
「断る。それにしても、お前、愛が分かったのか? 随分とキースのことを大事にしているように見えるが」

 大事にしているという自覚もなければ、愛などまるで分からない。何が魔法使いにそう思わせたのか分からず、サラギは目を細める。それを見て笑い声を上げた魔法使いが前髪をかきあげながら言う。

「お前はいつもキースのことばかり想っている。そうやって誰かを思いやる気持ちは愛に通じるものだろう。どんどん人間らしくなっていくじゃないか。結構なことだ」

 魔法使いはそう言うとサラギに微笑んでから、右手に鳩を呼びだす。何なのだと眉を顰めるサラギに向けて鳩を放つと、鳩はサラギの胸元に飛び込んだ。鳩の当たる感触はないが姿は消えている。

「これは私に連絡を取れる魔法鳩だ。用事があれば私に向けて放つがいい」

 それだけ言い捨てると、魔法使いはあとかたもなく姿を消した。残されたのは一陣の風と鶏の鳴き声だけだった。

 サラギは拳を握る。
 聞き逃せない言葉があった。

 ――俺が人間らしい、だと?

 キースを選んだときに魔王であることも魔族であることも捨てたし、それでいいと思っていた。
 けれどそれを指摘されて初めて、それがどういうことなのか今更ながらに思い知った気がするのだ。
 人間など脆弱で愚かな生き物だと今でも思っている。そのどうしようもない存在に成り下がっているとでもいうのか。
 不意に、キースの言葉が思い出された。
『元勇者の矜持です』 
 今ならその意味が少しばかり分かる。サラギにも元魔王の自負というものがある。魔王でなく魔族でなくとも己という唯一の存在であればそれでよかったものを、言うにことかいて人間に成り下がるなどとても耐えきれそうにない。それもこれも。

 ――キース、貴様のせいだ。

 湧き上がる感情が何なのか分からないまま、サラギは怒りに震える。思えば「らしくない」ことばかり繰り返してはいなかったか。それに何の不満も疑問もなかったことがすでに兆候だったのか。

「俺は人間などではない」

 ――キースが俺を人間にしているのか。

 訳の分からないまま、ぞくりと震える。恐怖しているというのか、この俺が、そう思った瞬間だった。風が揺れ、キースが姿を現す。怒って出かけたはずなのに、サラギを見てそっと笑う顔に、怒りをぶつけてやりたいと思った。
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