番外編   元魔王は愛が分からない

エピソード文字数 2,775文字



 久しぶりに風呂に入りたい、キースがそう言いだしたので、サラギは浴槽を作ってやった。前に作った浴槽はいつだったか壊れてしまい、どうせならもう少しまともなものを、と腕を振るったのだ。魔法使いの弟子が置いていった道具を使って出来上がったそれは、なかなかの物だと満足している。

「本当、貴方って器用ですよね」

 石を炎で炙りながらキースが笑う。
 最近、ようやくこんな風に笑うようになった。

 あのあと――魔法使いの炎に焼かれ死にかけたサラギとキースは満身創痍で洞窟まで戻り、それから数日間を二人して寝込んだ。キースの方が傷は浅かったのか、先に目覚めたらしく、しばらくはその看病を受けた。
 死ぬかと覚悟までしたが、意外と今もこうやって命を繋いでいる。

 ――あれで死んでも良かったのだが。

 キースと共にキースの炎で死ぬのも悪くないと思ったのは事実だ。随分と酔狂な考えを抱いたものだと思うが、あの時は本気でそう思った。
 今となれば、キースと過ごす時間を取り戻せたことは幸運だったと思っている。

 ――キースだけが俺を満たす。

 その想いは今も変わらない。けれど、まだ、足りない。

「あの、石投げて貰えますか?」

 真っ赤に熱せられた石を指して、キースがサラギを見つめた。漆黒の闇のような黒い瞳の奥、燃えているはずの炎が遠い。
 サラギの看病をしていたときのキースは始終暗い目をしていて、それがサラギを苛立たせた。こんなキースが欲しい訳ではないのだ。そんな目をするくらいなら、あのまま二人して死んだ方がよかったものを、と何度か口にしかけて飲んだのは、その時に限ってキースが小さく苦しげに笑うからだった。
 どうしても辛いなら殺してやろう。
 そう思いつつ時を過ごし、ようやくキースは前のように笑うようになった。

「あの、聞いてます?」

 待ちきれないのかキースがサラギの腕を掴んで顔を覗き込んでくる。せっかく口が近いのだからと唇を吸うと、すぐに突き飛ばされた。

「何故だ」
「あのね、風呂、入りたいんです」

 風呂よりもキースに触れたかったが、キースは言いだしたら聞かないのでこのまま無視をすると面倒なことになりそうだ。それくらいはサラギにも分かってきた。
 おとなしく水が張られた浴槽に石を投げ込むと、じゅうと音と蒸気をたてて水が湯に変わっていく。温泉というにはぬる過ぎるが、それでもキースは十分だと言った。

「貴方、先にどうそ。服は脱いでくださいね、洗うので」
「面倒だ」
「本当、こだわるとこおかしいんですよ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、キースはサラギの服を剥いでいく。そんなに洗濯が好きなのかと辟易するほど、キースはよく服を洗う。そのくせ相変わらず食には無頓着で、よくよく変わった人間だと思わずにはいられない。

「はい、どうぞ」

 すっかり服を剥ぎ取られて、サラギは浴槽に身を付けた。ぬるいが悪くない。洗濯は面倒だが、風呂に入りたいというキースの提案は正しいと、サラギは機嫌よく思った。

「貴様は入らないのか」
「洗濯終わってからですって」

 山のように積んだ洗濯がいつ終わるというのか。
 サラギは浴槽から出ると、おもむろにキースの腕を掴んでそのまま浴槽に投げ込んだ。水しぶきを受け止めながら浴槽に戻ると、久しぶりに怒りのこもった目が待っていた。

「あ、な、た、ねえ!」
「冷める前に入れ」
「こんな乱暴なやり方しなくても」

 そういえば前に風呂を作ったときも、こうやってキースを無理やり引きずりこんだのだと思い出すと、知らず笑みがこぼれた。あの時はこんな風になるとは思いもしなかったのだが。
 文句を言い続けていたキースが不意に言葉を止め、サラギを見上げてくる。

「そういえば、前もこんなでしたよね、貴方まったく変わってない」

 同じことを思っていたのかと、面白くなる。共に過ごすということは、こういう時間が増えるということなのだろう。それを悪くないと、サラギは思った。
 キースの肩を掴んで引き寄せ、文句を言いそうな口を素早く塞ぐ。少し啄むだけでキースの口は簡単に割れた。

「んっ」

 甘く熱い舌を絡め取って吸い上げると、キースの手がサラギの首に絡んでくる。自分だけのものにしたようで、サラギはその瞬間がたまらなく好きだった。
 舌を吸ったままでキースの背を撫で、骨をなぞる。鋭い爪先で背を掻くとキースが跳ねあがるのも、サラギを煽った。そのまま爪先を腰まで下ろして更に抱き寄せると、吸っていた口に逃げられる。

「ぁっ、何、するんですか」
「あれから貴様を抱いていない」

 一度だけ抱いたとき、キースの中に注いでやりたかったのに、それは弟子に邪魔された。そのあと魔法使いに殺されかけ寝込んだので、結局キースを抱いたのはあれだけだ。
 足りないと感じるのは、それだった。

 ――もっと、欲しい。

 キースの目が暗いときは耐えてやったのだ。そろそろ奪ったところで文句は言わせない。そう思うのだが、

「こんな、昼から、嫌、ですよ」

 キースは頑なだった。

「昼も夜もあるか、今抱きたいと言っている」
「私は嫌だと言っています」

 揺るがない強い瞳がまっすぐに見つめてくると、サラギは引くしかない。力ずくで組み伏せるには、サラギの体力はまだ万全ではないのだ。本気のキースに抗われたらかなわない。

 ――忌々しい。

 キースを腕から逃して舌を打ち、湯に顔を付けて昂りをおさめる。顔を上げるとキースと視線が絡んだ。

「――夜だな」
「まあ、私が寝なければですけど」
「貴様は! そうやって昨日も寝ただろう!」
「それまでいい子にしてくださいね」

 子供のようにあしらわれて、平静でいられる訳もない。今夜はキースがどれだけ嫌がろうが抱いてやると決意を固めた。
 キースは笑いながら風呂から出て、また洗濯をしている。その姿を見ながら、サラギは憮然と呟いた。

「昼でも夜でも抱くことに変わらんだろうが」
 むしろ昼の方が明るくてよいのにと思うサラギにキースは小さく笑いながら答える。
「これは人間の羞恥ですよ。魔族には無いかもしれませんが」
「そんなものはないな。抱くことに変わりない」
「そうでしょうけどね」

 まったく人間は分からない。素晴らしく理にかなったものを作るかと思えば、こんな訳の分からない道理を突きつけてくる。
 それでもサラギはそんなキースを選んだのだ。
 風呂を出て洗濯の山を掴む。

「何です?」
「貸せ。俺もやる」

 これで疲れたなどと言って寝られてはたまらない。キースは目を丸く見開いたあと、そっと微笑んだ。

「じゃあ、まず服着てくれません?」
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