魔王の事情2

エピソード文字数 3,468文字




 キースとの生活はやはり奇妙だった。キースの魔法力でここに存在しているというのは屈辱であったが、そのうちキースを引き裂いてやると思えばなんとか耐えられた。それまでは、この生活をするしかないのだろう。

 それにしても、だ。

 ――キースは無頓着すぎる。

 魔王は呆れ果てていた。
 魔王が人間界を手に入れようと決めたのは、その文明が興味深かったからだ。魔界にはない光の恩恵を受けた人間界には、魔界にはない文明が溢れている。
 一番に気にいったのは柔らかい寝床だったが、キースは無頓着だった。

 ――まあ、それはいい。

 キースの寝袋を奪って、草よりはましな寝床で耐えるしかない。それよりも、食事だ。
 人間界の食事は多彩だ。一つの食材から無限のような味わいができる。初めて口にした時には舌を巻いた。これだけでも人間界を手に入れる価値がある。それ程に魔王は人間の食事を認めている。
 それなのに、人間たるキースの用意する食事は、あまりに質素だった。

 採ってきた木の実や野菜、干しただけの魚、それをその辺で拾った木の葉に乗せて口に運ぶ。無人島で不便だから、という訳でもなく、キースはそれで満足している、そのことに呆れたのだ。
 耐えきれず魚にいたっては自分で手を加えてしまったが、味のしない干魚ばかりを食わされてはたまらない。もうそれからは自分で手を加えるようにしている。

 それから、器が無いことにも辟易した。魔王が寝床の次に気にいったのが硝子の杯だ。魔界の水はいつも口に苦みが残る。杯は石でできていたので口当たりも悪かったのだろうと、人間界で硝子を知ってから気付いた。

 硝子の杯で水を飲んで、初めて水の味を知った。光があるということは、こんなにも繊細なものを作り出すのだと、益々人間界が欲しくなった。

 その硝子を、キースは持っていないと言う。

「水なんて手で掬って飲んでも同じでしょう」

 そんなことを平気で言う。

 ――ふざけた男だ。

 この生活は嫌でも続く。だとすれば、少しでもましな生活にしなければならないが、キースは使えない。だとすれば、自分でなんとかするしかないだろう。

 まだ魔界でくすぶっていた頃は、今のように洞窟に居を構え過ごした。魔王になれば自分の好むものだけで周りを固めてやろうと決めていた。
 その頃を思い出すと多少気が滅入るが、まさかまた同じような日々を過ごすとは。

「キース……必ず引き裂いてやる」

 キースの白い肌を裂いてその血をすする。そのことだけが今の魔王の望みだ。まだ少しの力も蓄えられてはいないが魔王はその望みを捨てるつもりはなかった。
 そんなことを思いもしないのか、キースはまるで腑抜けのようだった。自分の野望を砕いた存在は、まるで普通の人間のようによく笑う。戦いの片鱗を見るのは、ほんの僅かな瞬間だけだ。
 力が戻らなくても首をへし折ることくらいできるのではないかと思うが、そういう時には火を灯したような目で魔王を睨んでくるので、完全な腑抜けでもないらしい。

 ――もう少し、力が戻れば。

 その願いは、思わぬ形で魔王の元に訪れた。

 キースが島を離れて街までいくという。魔王が硝子を欲しがったからだと文句交じりに言われたが知ったことではない。
 キースの魔法力で形を保っている魔王は、キースの魔法力が足りなくなると灰になるという。普段はキースが側にいるので勝手に魔法力を吸収しているらしく、この島内であればそれが切れることはないだろうとキースは言った。けれど、遠く街まで行くとなると話は違うらしい。
 キースは魔王に石のようなものを持たせて、街へと向かった。

 キースがいなくなると、確かに体を包んでいた温い膜のようなものが薄くなったと感じる。完全になくなった訳ではないのは、キースが置いていった石のせいだろう。小袋に入れられたそれを取り出すと、それは空の色をした宝石のような結晶だった。

「これがキースの魔法力というのか」

 口惜しいことに、美しいと感じて舌を打つ。魔王を打ちのめした根源が、これなのだ。小指の先よりも小さなそれを握り締めると、指先が熱い。

「キース」

 強く握ると、指先から何かが流れ込んでくるような感覚にかられた。心地の良いものではない。それでも、微かなそれは指先から腕をめぐり肩までも熱くする。魔王はじっと手を見つめた。

 これは、力だ。

 普段キースが魔王に供給する魔法力は魔王を存在させるぎりぎりの量に調整でもされているのだろう。しかし、こうやって凝縮された魔法力を吸い取ればどうだろう。それは僅かではあるが確かに魔族の「力」を取り戻させた。

「吸い取れるのか?」

 結晶から魔法力の流れを吸い取ることを意識して握りしめると、さっきよりも強い流れを感じた。

「これはいい」

 この小さな結晶から吸い取れるならば、キース本人からも絞り取れるのではないか。魔力ではないので魔界の力は使えないだろうが、魔族の持つ元々の力を取り戻せはしないだろうか。そうすれば、キースとも剣や体術であれば渡り合えるだろう。

 どこまで吸い取れるか試すうちに、結晶の色が濁り、魔法力の熱が下がってくることに気付く。魔法力が尽きてきたのかもしれない。取り込んだ魔法力でどこまで体を保てるか、まだ分からない。魔王は舌を打って寝床に横になった。

 しかしこれは収穫だ。

 ――待っていろキース。

 ◆

 キースはやはり無頓着だ。

 魔王がキース本人から魔法力を吸い取れないかと試していることにすら気付いていないのではないかと思う。けれど、その方が都合がいい。

 嵐の日はキースが動かないので好都合だった。
 木の端切れで兎の彫り物をしているキースは隙だらけだ。その腕を掴んで手の平に力を集中して、魔法力の流れを感じ取ってみようとしたが、なかなか難しい。

「何です?」

 流石におかしいと思ったのか、キースが眉を寄せる。

「――柔な腕だな。へし折ってやろうか」
「やってみたらどうです」

二の腕からでは吸い取るのは難しそうだと、魔王はそろりと肘へ手首へと下ろしながら撫でる。キースは警戒しているのか手に力がこもっている。

 柔らかい肌はおそろしく手触りが良い。指先が勝手に吸いつくようにキースの肌に沈み、その下に流れる赤い血の熱を伝えてくる。一瞬、目的を忘れてその熱を貪りたくなったが、それを耐えてキースの手の甲を撫で、その指をとらえる。この柔な手で魔王の全てを打ち砕いたのかと思うと、憎々しくはあるが、不思議にもなる。
 キースは途惑ったように魔王をただ見つめている。

「な、にしてるんですか」

 力のない声はどこか艶を含んでいる。
 こんな男のどこに、自分を地に這わせた力があるというのか。

「へし折れと、貴様が言っただろう」

 そのつもりはないが、と魔王は目的を思い出した。魔王からすれば細いキースの指先を撫でると、微かに魔法力の熱を感じる。ここから吸い取れはしないかと、その手を口に含もうとしたが、手を振り払われた。それと同時に小刀を投げてくるあたり、まだ腐ってはいないらしい。

「――何のつもりですか」
「へし折れと貴様が言った」
「噛み切れとは言ってません」
「そのうち、全身をばらばらにしてやろう」

 いつもは力の欠片もないキースの目に、火が灯っているのを魔王は何故か嬉しく思い笑いがこぼれた。

 ――キースはこうでなければ。

 怯えなど一度も見たことがない。いつでも噛みつくように怒りと憎悪の炎で焼きつくすような視線で魔王を睨んできたキースは、間違いなく目の前の男なのだと確認すると、安堵すら覚える。

 ――こうでなければ引き裂く楽しみがない。

 「ただの人間」であるキースを殺しても、満たされはしないのだ。

 どうせ時間なら腐る程にある。

 キースの魔法力を奪い取る方法を探りながら、このくだらない生活をもう少し続けるしかないのだ。

 目の前にはキースが彫った置物の兎がある。それを手に取ると、本当に微かだがキースの魔法力を感じた。

「これは貰う」

 兎を手に寝床に戻り、その魔法力を吸い取ってみようとするが、微量すぎるのか魔王の力にはならなかった。

「まだ、時間が必要か」

 それもキースを殺す瞬間を思いさえすれば、耐えきれそうに魔王には思えた。
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