甘いのがお好き? 第4話

文字数 2,476文字

 ぐったりとシーツに身を沈めて浅い呼吸を繰り返す桃からいったん離れて処理をすませたあと、若月は桃の身体をくるりと反転させてうつぶせにした。そのまま彼女の背中に覆いかぶさる。
「若月、さん?」
 若月の下で、とまどったように桃が頭を動かして振り向こうとする。それを制して、若月は汗ばんだ肌をぴたりと重ねた。背後からのしかかり、桃のうなじに顔を埋める。
「あ、あの」
 情事後特有の、けだるい、少し掠れ気味の声が耳に心地好い。首筋に鼻先をすりつけて甘い匂いを嗅ぎながら、片手を滑らせて桃の腰を撫でる。
「んっ」
 びくんと身を震わせた桃は若月の手つきからなにかを察したのだろう、狼狽をあらわにそわそわと落ち着きなく頭を動かして、彼の下から這い出ようとする。その細い腰を掴んで身体の下に押さえ込み、背後から耳朶(じだ)を甘噛みしながらささやきかけた。
「足りない」
「…………っ」
 そのまま手を使わずに足を開かせ、どろどろにとろけた柔らかな箇所にふたたび自身を押しあてる。そこはまだ生々しく若月を覚えていて、さほど抵抗もなく彼を呑み込んでいく。
「や……、ま、待って」
「待てません」
「あっ」
「足りない。もっともっとあなたが欲しい」
 背後から桃の腰を抱えて奥まで埋める。シーツに顔を押しつけて声を殺そうとする彼女を揺さぶりながらうながす。
「可愛い声、聞かせてください」
「――――っ、」
 てのひらにシーツを握りしめた桃の手に自身のそれを重ね、ぎゅっと包み込む。そうして深くまで届くように激しく打ちつけた。
「ああっ、や、あ、あっ、あ」
 桃の唇から悲鳴のような声がほとばしる。彼女は背後から抱かれるのに弱い。こうしてぴたりと肌をあわせ、耳許でささやきかけながら貫くと、かわいそうなほど切羽詰まった声をあげる。その表情を見られないのが残念でしかたないが、この声には代えられない。
 ふだんとは異なる艶めいた声も、上気しきったとろけそうな顔も、想像以上に感じやすい華奢でしなやかな身体もなにもかも全部、若月だけが知っている。彼だけのものだ。ほかのだれにも聞かせたくない。見せたくない。触らせたくない。渡さない。
「ぁっ、ああっ、あ……っ、……や、だめ……んっ」
 膝に力が入らないのだろう。まるで軟体動物のように完全にぐにゃりとシーツに沈み込んだ桃は、啜り泣きながら全身で乱れた呼吸を繰り返す。
「駄目? どうして?」
 そんな甘ったるい声で駄目だといわれても余計に煽られるだけだ。意味のない、うわごとのようなものだとわかっているが、我ながら意地の悪い真似をしてしまう。
 桃は若月にされるがまま、がくがくと全身を揺さぶられて突きあげられ、しまいには本格的に泣き出してしまった。

 動きを止めて桃の顔を覗き込む。シーツに突っ伏しているため表情は見えない。
「ふ、……っく」
 肩を揺らして泣きじゃくる桃の髪をそっと撫でて尋ねる。
「いや、ですか?」
 少しのまのあと、頭が小さく左右に揺れる。若月は起きあがると、桃の身体をひっくり返し、その背中に両腕をまわして抱き起こした。
「っん、」
 繋がったまま膝のうえに座らせたため、桃自身の重みでさらに深くまで若月を受け入れてしまったのだろう。桃が縋りつくようにして若月の身体に抱きついてきた。そのままくったりと身をあずけてくる。肩に顔を埋めてしがみついてくる桃の頭と背中を、小さなこどもを抱きあげてあやすように撫でさすりながら若月はささやく。
「ほんとうに? 我慢していませんか」
 今度はすぐに反応があった。ふるふると首を振り、若月の背にしがみついた指先にきゅっと力が込められる。それにほっとして、若月は小さく息を吐いた。
 彼の肩で嗚咽(おえつ)のあいまに桃がつぶやく。
「いや、じゃ、なくて」
「うん?」
「は、ずかし、くて」
 消え入りそうな声でそういいながら桃はぐりぐりと額を押しつけてくる。いつもの彼女なら滅多にしない甘えるような仕草に心臓が跳ねる。
 そんな若月の動揺には気づかず、桃は懸命に説明する。
「こ、声、いっぱい、でて」
 その言葉に我に返る。
「もしかして、それで泣いているんですか」
 若月がいつもより乱暴な抱きかたをしたせいではなく。
 桃は黙っている。もし違うなら彼女はきちんと否定する。それをしないということは、つまり肯定の意味で。
 若月は両腕で桃をきつく抱きしめた。
「あなたというひとは、ほんとうに、なんて可愛いんですか」
「え」
「恥ずかしがる必要なんかありません。あなたの可愛らしい声を聞けるのはぼくだけです。ほかにはだれもいないでしょう?」
 桃が微かに首を振る。
「だから、」
 恥ずかしいんです、と。
 蚊の鳴くような声でぼそっとつぶやくから。
「あ……っ」
 たまらなくなって、膝のうえに桃を乗せたまま下から腰を揺らしはじめた。
「あっ、あ、ん……っ」
 涙混じりの切実な声に微かに罪悪感が疼くが止められない。揺さぶるたびに、若月の胸に押し潰された彼女の柔らかなふくらみを感じて、その感触がさらに彼を焚きつける。
「そのまましがみついていてください。大丈夫、ちゃんと支えていますから」
「わ、かつき、さ」
「名前を、呼んでください」
「……っ、……え」
「ぼくの名前を」
「ん……っ、す、ばる、さん?」
「さん、はいりません」
「……す、」
「ん」
「ば、る」
「もう一回」
「…………ふぇ、」
「桃さん」
「…………っ、す、昴……っあ」
 下から突きあげながら、桃の顔を肩から離して覗き込む。真っ赤になって、涙でぐしゃぐしゃに歪んだ顔が可愛くて唇をついばむ。
「……っん……ふ……ぅ」
「もう一回」
 催促すると、たっぷりのまのあとでたどたどしい声が返ってくる。

 いま、この世界で若月を名前で呼ぶのも、そう呼んでほしいと思うのも、たったひとりだけだ。

「昴……すばる……」
 もっと、もっと。
「す……、き」
 思わず息を呑んだ若月に縋りつきながら桃がうわごとのように繰り返す。
「すき……、昴……すき」
 もともとは自分がけしかけたこととはいえ、ふい打ちをまともに食らって、すでに限界間近だった若月は桃のそのひとことで爆発した。
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