裏・三週間後 第3話

文字数 1,977文字

 まだ痛みはあるけれど、いちばん最初のときよりはだいぶましになっていた。痛みに慣れてきたのかもしれない。
「さっきよりは、だいぶ」
「落ち着いてきましたか」
「はい」
「すこし、動いてみてもいいですか」
 わたしがうなずくと、彼はおもむろに腰を動かしはじめた。治まりかけていた痛みが呼び戻されて思わず目をつむる。
 だけど、何度か規則的な往復が続いたあと、ふいに痛みとは異なる感覚が込みあげてきて、わたしは目を見開いて彼に縋りついた。背けた顔を、顎を掴まれて戻される。熱を帯びた、それでもどこか冷静さを宿した眼差しがわたしを見下ろす。
「や……っ、なに?」
 押し寄せる波のように次々と沸きあがる感覚に恐怖を覚えて(かぶり)を振る。それに呼応するように、若月さんの動きがだんだん激しさを増してくる。
「いや……っ、は……ぁ……」
「いやじゃないでしょう?桃さん、ぼくを見て。どんな感じか教えてください」
「や……っん……ん」
「気持ちいいでしょう?あなたの表情も声も、身体のなかも、気持ちいいといっていますよ。ほら」
 若月さんが腰を打ちつけるたびに、耳を塞ぎたくなるような湿った卑猥な音が聞こえる。
「やめ……なんで、」
「いいんですよ。もっと気持ちよくしてあげます。だからもっと見せてください。あなたの感じてる顔も声も、ぜんぶ」

 身体を揺さぶられているうちに、この異様な感覚が完全に痛みを凌駕した。わたしはもうわけがわからなくなって、目のまえの若月さんにしがみつくだけで精いっぱいだった。全身が熱を放つように熱くて、まるで真夏のように汗まみれになる。肌を撫でる彼の手が、どちらのものかわからない汗で滑る。
 そうしながら若月さんは愛の言葉を紡ぎ、それだけではなく、わたしが恥ずかしくていたたまれなくなるようなことも何度も耳許でささやく。
 そうするうちに、ひときわ大きな塊のような波が突きあげてきて、わたしは頭が真っ白になった。

 ***

「……ん、」
 冷たい水が喉を通って、わたしはふっと目を覚ます。ぼうっとしていると、目のまえの若月さんがペットボトルの水を口に含み、そのままわたしに口移しで飲ませてくれた。
 とても喉が渇いていたことに気づく。
「大丈夫ですか。気分はどうです?」
「わたし」
「あのまま気を失われたのですよ」
 思い出して頭に血がのぼる。身体に掛けられていた毛布と布団を引きあげてそのなかに潜り込む。
「すみません」
「どうして謝るんです。謝るとしたらぼくのほうです。あまりの快感に歯止めがきかなくなって、はじめてなのにひどいことをしてしまいました」
そういって彼は布団越しにわたしを撫でる。

「顔を見せてくれませんか」
 部屋の照明は消されたままでベッドサイドの明かりだけなので、顔が真っ赤なのは気づかれないかもしれない。そう考えてわたしは顔を出す。
 若月さんは汗で湿ったわたしの髪を撫でながら尋ねた。
「身体はつらくないですか」
 全身に意識を向けてからわたしはうなずく。違和感と鈍い痛みはあるけれど、思っていたより大きな変化は感じられない。
「若月さん、は」
「はい?」
「大丈夫ですか。あの、気持ちよかった、ですか?わたし、途中でこんなことになってしまって」
 わたしの言葉に彼は息を吐くようにして笑う。
「もちろんです。あなたと一緒に果てましたよ。ほんとうはもう少しがんばりたかったのですが、気持ちよすぎて我慢できませんでした」
 ストレートな返事に狼狽(ろうばい)するわたしの隣に彼は身体を滑り込ませてきた。裸のままのわたしを抱き寄せて背中をさする。
「桃さんは、気持ちよかったですか?」
 名前を呼ばれてどきっとする。行為の最中に何度か聞いた気がするけれど、面と向かって呼ばれたのははじめてだ。それに、わたしがどんな状態だったかなんて、彼のほうがよくわかっているはずなのに。

「若月さんは、ときどきすこしだけ、意地悪です」
「どうして?」
「だって、恥ずかしいことばかりささやかれるから」
 彼が笑う気配がした。
「それは仕方ないです。あなたがあんまり可愛らしいから、ついそういうことをいいたくなってしまう。意地悪をしているつもりはありません」
 いっているそばからまたそんなことをいう。わたしはちいさくため息をこぼして彼の胸に顔を埋める。
「つぎはもっと気持ちよくしてあげます。恥ずかしいなんて思う余裕がないくらいに」
「えっ」
「だから今夜はもう休んでください。明日に備えて」

 いま、なにかさらっとすごいことをいわれた気がする。

 若月さんは明かりを消すと、わたしに腕枕をしてもういっぽうの手で髪を撫でる。わたしはすぐにうとうとしはじめた。
「おやすみなさい」

 その翌日。まさか今日よりもさらに恥ずかしいことが待っているなんて夢にも思わず、わたしは彼の腕のなかで眠りに落ちたのだった。

 若月さんって、じつはサディストかもしれない。
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