プレゼントにはリボンをかけて 第4話

文字数 2,980文字

「はあ? 泣きそうな声で電話かけてくるけえ何じゃ思うたら」
 電話口で智兄が盛大な呆れ声を漏らす。困ったときの智兄、とばかりにわたしは必死に縋りつく。
「ごめん智兄、でも、こんなこと聞けるの智兄しかおらんもん」
 炬燵のなかで正座をして、兄のような存在の智兄に泣きつく。つかのまの沈黙のあと、智兄がつぶやいた。
「おまえ、ようわかっとるやないか。いまのが上手な甘えかたっちゅうもんじゃ」
「え、いまのって、どれ?」
「あー、なんちゅうかの。口で説明するんは難しいわ。おまえも無意識にやっとるはずやで。意識するからかえって難しゅうなるんじゃ」
「そんなんゆわれても」
「まあ、平和そうでなによりじゃ。風邪はもうようなったんか」
「あ、うん。若月さんが看病してくれたから」

 そう答えながら、そのときのことを思い出して頬が熱くなる。若月さんはとてもやさしい。家族以外のひとから、あんなふうに細やかに面倒を見てもらったのははじめてで。申し訳なくて、でもうれしくて。
「ほうか。そりゃよかった。また今度会うたときに、ようお礼せんといけんの」
 ぼうっとしていたわたしは、智兄の声にはっと我に返る。
「そうなの、なにかお礼がしたくて。クリスマスもあるし、なにかプレゼントしたいんだけど」
「ええんじゃないか。若月さん、喜ぶと思うで」
「でも、なにをあげたらええと思う?」
「なんでもかまわんじゃろ。プレゼントゆうんは要は気持ちじゃけえ」
「それが困るんよ。智兄、男のひとって、どんなものもらったらうれしい?」
「どんなって、そりゃあひとそれぞれじゃろうが、付き合うとる相手なら、なにか身につけるものか、ふだん持ち歩くものがええんじゃないか。それか、趣味やら好みがわかるんなら、それに関するもんとか」

 身につけるものか持ち歩くもの。
 いつもの若月さんの姿や部屋のようすを思い浮かべてみたけれど、すでに完成されている雰囲気で、入り込む隙なんかないような気がする。
 ブランドにも疎いわたしにはよくわからないけれど、若月さんの服装は基本的にシンプルで無駄がなく、品がいい。腕時計以外、余計な装飾品を身につけているのを見たことがないし、私服のときもそう。
 部屋も同じで、決して殺風景ではないけれど、必要以上のものはほとんど見当たらない。唯一、趣味が垣間見えるようなものといえば、本棚にすこしずつ増えていく本くらいのもので。
 黙り込んだわたしを、怪訝そうに智兄が呼ぶ。
「桃? どうした」
「ううん。なんか、若月さんって、隙がないっていうか。うまくいえないんだけど」
 すこしのまのあと、淡々とした声で智兄がつぶやく。
「まあ、セルフコントロールが上手なひとではあるな」
「え?」
「頭のええひとやと思うで。良すぎるくらいや。じゃけえ、それを抑えとってんじゃろう」
「どういうこと?」
 聞き返したわたしに、智兄は唐突にとんでもない台詞をぶつけてきた。
「若月さんは、ほんまにおまえのことが好きなんやと思うで」
「えっ」
「じゃけえ、おまえが選んだもんならなんでも喜んでくれるわ。まあ、これだけはぜったいに外さんっちゅう、とっときの奥の手もあるがの」
 そんなものがあるならぜひ知りたい。わたしは飛びついた。
「えっ、なにそれ」
 智兄は含み笑いをしていった。
「簡単やろ。おまえじゃ」
「は?」
 思わずすっとんきょうな声が出た。

「おまえの頭にリボンでもかけて、若月さんに抱きついてみい。ぜったい喜んで受け取ってくれてじゃ」
 智兄は明らかに笑っている。その言葉がなにを意味するのか、さすがのわたしにも理解できた。
「智兄のバカっ! まじめに聞いとるのにっ」
 真っ赤になって叫んだわたしに、智兄は悪びれたようすもなくうそぶく。
「わしも大まじめじゃ。嘘じゃ思うんならやってみい」
「するわけないやろ! そんな恥ずかしいことっ」
「ほうか。残念やのう若月さん。そうやっておまえに甘えられたらうれしいじゃろうにのう」
「え」
 甘える、という言葉に反応してわたしは口をつぐむ。智兄がいったとんでもない行為が、甘えるということになるのかどうか、わたしにはわからない。
 そもそも、甘えるというのがどういうことなのかわからなくて、こうして智兄に泣きついたわけで。
 自分をプレゼントするなんてぜったいにできないしそんなのありえない、と思ういっぽうで、それに似たようなことなら、若月さんはもしかしたら喜んでくれるかもしれない、という考えにとらわれて、わたしはその場に固まる。
 いったいなにを考えているんだろう。完全に智兄に洗脳されている。

 ふと思いついて、わたしは尋ねた。
「ねえ、智兄は、彼女にそういうふうにされたことがあるん?」
 電話の向こうで智兄が絶句する気配がした。重たい沈黙のあと、智兄が短く答える。
「ない、な」
「えっ」
 わたしは端末を握り直して聞き返す。
「されたことがないのに、なんでうれしいってわかるん?」
「そりゃあおまえ、男のロマンじゃろう」
 智兄の口からロマンなんて台詞が飛び出したので、今度はわたしが絶句する番だった。
「男のひとってわからない」
 つぶやくわたしに、すこしばつが悪そうに、けれどもなんだか開き直ったように智兄はいう。
「男っちゅうんは単純なもんじゃ。わしにいわせりゃあ、女のほうがよっぽど難しいわ」

 ***

 そのあと、プレゼントのことを考えていたら眠れなくて、翌朝、寝不足気味のまま仕度をしてわたしは駅に向かった。いつもの車輌で待っていてくれた若月さんは、赤い目と腫れぼったい顔をしたわたしを見て、心配そうに眉をひそめた。
「どうされました」
「ちょっと、寝不足で」
 ひどい顔を見られたくなくて、うつむいてそう返事をする。幸い、若月さんはそれ以上尋ねてくることはなく、わたしは睡魔と戦いながら電車に揺られて出勤した。

 お昼休みになって、いつものように給湯室でお茶を用意していると、小沢さんが入ってきた。
「桜庭さん、なにかあったの?」
 わたしはあわてて首を振る。
「いえ、すみません。たんなる寝不足で」
「あらら。原因は、もしかしなくても彼よね?」
 なんでわかるんだろう。お茶を注ぎながらわたしはうなずく。
「プレゼントのことで悩んでいて」
「プレゼント?」
「はい。なにを贈ればいいのかわからなくて。男のひとに聞いてみようと思って、田舎の知人に電話したんですけど」
「ああ、ひょっとして、以前ここに訪ねてこられたあの方?」
「あ、はい」

 小沢さんに昨夜の話の顛末を伝える。もちろん、わたしにリボンをかけてうんぬんという部分は除いて。
 話を聞き終えた小沢さんは、うーんと唸った。
「そうねえ。たしかに、若月はガードが固いから難しいわね」
「え?」
「彼、ものすごく派手なわけでも、逆に地味なわけでもない、トラディショナルなファッションでしょ。流行に左右されない、でも野暮ったくない、そのバランスが絶妙なのよね。それを計算してやってるのなら手強いわ」
 ぽかんとするわたしに、小沢さんは噛み砕いて説明してくれる。
「突出してる部分がないから隙がないのよ。全身をブランドや流行りもので固めている人間のほうが、特徴的なぶん、掴みどころがあると思う。彼の場合、ブランドに拘わらず、気に入った質の良いものを長く使うタイプみたいだから、ああ見えて、逆に好みがはっきりしてるんじゃないかしら」
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