甘いのがお好き 第4話
文字数 1,836文字
真剣な声でいわれてどきっとする。
若月さんはよく、謝りぐせのあるわたしに「必要以上に謝ると襲いますよ」と笑いを含んだ声でささやく。そしてそのあとほんとうに、その、実行するのだけれど、そのときも、若月さんはやさしい。襲う、といっても無理強いはしないし、わたしが、その、すこしでも気持ちよくなるように、時間をかけて丁寧に馴らしてくれる。
だけど。いま、若月さんが口にした「襲う」という言葉は、そういう、じゃれあいのようなニュアンスではなく本気なのだとわかった。
びくっと震えるわたしを逃がすまいとするように、わたしを抱きしめる腕に、指先に力が込められる。
「あれから、あなたの目を見ることができなかった。その瞳に、ぼくに対する嫌悪感や怯えが浮かんでいたらと思うと、怖くて」
「え」
まさか、と思う。
「若月さん、それで、わたしを避けていたんですか?」
「そうです」
てっきりきらわれたのだと思っていた。愛想を尽かされたのだと。でも違った。そうじゃなかった。
若月さんの胸のうちでそんなふうに思われていたなんてこれっぽっちも知らず、わたしは自分のことばかり考えていた。恥ずかしい。若月さんに申し訳ない。
「あの、すみません、ごめんなさい、わたし」
「どうしてあなたが謝るんです。あなたに非はない」
ぶんぶんと首を振って若月さんに縋りつく。
「わたし、若月さんにきらわれたくないって、自分のことばかりで」
「ぼくも同じですよ。あなたにきらわれたくない、その考えに支配されて、まさかあなたをそんなふうに悩ませていたなんて思いもしなかった」
そういうと、若月さんはゆっくりと身体を起こしてわたしの顔を覗き込む。
「あなたを泣かせたくないといいながら、結局はこんなに泣かせてしまった。すみません。お祖父さまに顔向けができません」
若月さんの表情が曇る。
「え?」
「あなたとの交際を認めていただいたとき、もしあなたを泣かせたら別れてもらう。そうおっしゃった」
思い出した。若月さんと付き合いはじめて、実家に挨拶に行ったとき。祖父のまえで畳に額をつけんばかりに深く頭をさげた若月さんの姿が脳裡に焼きついている。
わたしはふたたびかぶりを振りながら若月さんにしがみつく。
「いや、です。別れるなんて、わたし」
若月さんはじっとわたしを見下ろしている。
「わたしが、勝手に泣いただけで、若月さんはなにも、わるくない」
「桃さん」
「ごめん、なさい。すき、です。若月さんがすき。どこにも行かないで」
「ぼくを、許してくださいますか」
「許す、なんて。若月さんになら、わたし、どんなこと、されても、いい。若月さんの、すきなように、していいから、だから」
「ご自分がなにをいっているのか、わかっていますか」
わたしはこくこくとうなずく。
「ぼくの好きにしていい、と?」
「はい」
「いますぐあなたを抱きたいといっても?」
「は……、ええっ!?」
はい、とうなずきかけてわたしはぎょっとする。若月さんは笑っていない。真顔だ。本気だった。
頭に血がのぼる。顔から火を噴きそうに熱い。だけど。
「げ、玄関じゃなければ」
蚊の鳴くような声で答えると若月さんが微かに笑った。見慣れた表情にほっとするわたしに彼は尋ねる。
「どこでなら、かまいませんか」
「…………寝室なら、」
「わかりました。お邪魔してもよろしいですか」
「は、い」
若月さんは身を屈めて、わたしが落としてしまった花束を拾うと手渡してくれる。
「すみません、ありがとうございます」
お礼をいって受け取るわたしの髪に顔を近づけて、若月さんが匂いを嗅ぐ。
「さっきから気になっていたのですが、甘い、いい匂いがしますね」
「えっ、あ、チョコレートを作っていたので。若月さんに、会いに行こうと思って」
「ぼくに?」
若月さんが驚いたように目を見開く。
「バ、バレンタインまで待てなくて。で、でも、はじめてで、うまくできたかどうか。あ、さっき冷蔵庫に入れたばかりで、まだ固まっていないんですけど」
しどろもどろに説明するわたしににっこりと笑いかけると、若月さんはやさしい声でささやいた。
「楽しみです。ありがとうございます。でも、チョコレートのまえにあなたが欲しい。あなたを食べさせてください」
チョコレートよりも遥かに甘い台詞に絶句する。
若月さんって。
若月さんって。
***
そのあと、花とチョコレートの甘い匂いに包まれながら、窒息しそうなほど濃密な時間を過ごして。
そのまま若月さんの腕のなかで眠りに落ちた。
若月さんはよく、謝りぐせのあるわたしに「必要以上に謝ると襲いますよ」と笑いを含んだ声でささやく。そしてそのあとほんとうに、その、実行するのだけれど、そのときも、若月さんはやさしい。襲う、といっても無理強いはしないし、わたしが、その、すこしでも気持ちよくなるように、時間をかけて丁寧に馴らしてくれる。
だけど。いま、若月さんが口にした「襲う」という言葉は、そういう、じゃれあいのようなニュアンスではなく本気なのだとわかった。
びくっと震えるわたしを逃がすまいとするように、わたしを抱きしめる腕に、指先に力が込められる。
「あれから、あなたの目を見ることができなかった。その瞳に、ぼくに対する嫌悪感や怯えが浮かんでいたらと思うと、怖くて」
「え」
まさか、と思う。
「若月さん、それで、わたしを避けていたんですか?」
「そうです」
てっきりきらわれたのだと思っていた。愛想を尽かされたのだと。でも違った。そうじゃなかった。
若月さんの胸のうちでそんなふうに思われていたなんてこれっぽっちも知らず、わたしは自分のことばかり考えていた。恥ずかしい。若月さんに申し訳ない。
「あの、すみません、ごめんなさい、わたし」
「どうしてあなたが謝るんです。あなたに非はない」
ぶんぶんと首を振って若月さんに縋りつく。
「わたし、若月さんにきらわれたくないって、自分のことばかりで」
「ぼくも同じですよ。あなたにきらわれたくない、その考えに支配されて、まさかあなたをそんなふうに悩ませていたなんて思いもしなかった」
そういうと、若月さんはゆっくりと身体を起こしてわたしの顔を覗き込む。
「あなたを泣かせたくないといいながら、結局はこんなに泣かせてしまった。すみません。お祖父さまに顔向けができません」
若月さんの表情が曇る。
「え?」
「あなたとの交際を認めていただいたとき、もしあなたを泣かせたら別れてもらう。そうおっしゃった」
思い出した。若月さんと付き合いはじめて、実家に挨拶に行ったとき。祖父のまえで畳に額をつけんばかりに深く頭をさげた若月さんの姿が脳裡に焼きついている。
わたしはふたたびかぶりを振りながら若月さんにしがみつく。
「いや、です。別れるなんて、わたし」
若月さんはじっとわたしを見下ろしている。
「わたしが、勝手に泣いただけで、若月さんはなにも、わるくない」
「桃さん」
「ごめん、なさい。すき、です。若月さんがすき。どこにも行かないで」
「ぼくを、許してくださいますか」
「許す、なんて。若月さんになら、わたし、どんなこと、されても、いい。若月さんの、すきなように、していいから、だから」
「ご自分がなにをいっているのか、わかっていますか」
わたしはこくこくとうなずく。
「ぼくの好きにしていい、と?」
「はい」
「いますぐあなたを抱きたいといっても?」
「は……、ええっ!?」
はい、とうなずきかけてわたしはぎょっとする。若月さんは笑っていない。真顔だ。本気だった。
頭に血がのぼる。顔から火を噴きそうに熱い。だけど。
「げ、玄関じゃなければ」
蚊の鳴くような声で答えると若月さんが微かに笑った。見慣れた表情にほっとするわたしに彼は尋ねる。
「どこでなら、かまいませんか」
「…………寝室なら、」
「わかりました。お邪魔してもよろしいですか」
「は、い」
若月さんは身を屈めて、わたしが落としてしまった花束を拾うと手渡してくれる。
「すみません、ありがとうございます」
お礼をいって受け取るわたしの髪に顔を近づけて、若月さんが匂いを嗅ぐ。
「さっきから気になっていたのですが、甘い、いい匂いがしますね」
「えっ、あ、チョコレートを作っていたので。若月さんに、会いに行こうと思って」
「ぼくに?」
若月さんが驚いたように目を見開く。
「バ、バレンタインまで待てなくて。で、でも、はじめてで、うまくできたかどうか。あ、さっき冷蔵庫に入れたばかりで、まだ固まっていないんですけど」
しどろもどろに説明するわたしににっこりと笑いかけると、若月さんはやさしい声でささやいた。
「楽しみです。ありがとうございます。でも、チョコレートのまえにあなたが欲しい。あなたを食べさせてください」
チョコレートよりも遥かに甘い台詞に絶句する。
若月さんって。
若月さんって。
***
そのあと、花とチョコレートの甘い匂いに包まれながら、窒息しそうなほど濃密な時間を過ごして。
そのまま若月さんの腕のなかで眠りに落ちた。