プレゼントにはリボンをかけて 第6話

文字数 2,878文字

 23日が祝日でそのまま連休に入るので、わたしは三日間、若月さんのところに泊まることになった。
 アパートまで車で迎えにきてくれた若月さんは、わたしの荷物を見て目をまるくして笑った。わたしは真っ赤になっていいわけをする。
「あの、違うんです。これ、全部が着替えじゃなくて、えっと」
「かまいませんよ。どうせなら、このまま引っ越してきますか」
「えっ」
 思わず取り落としそうになった鞄を若月さんが受け止める。いたずらっぽい目で笑う彼を見て、からかわれていたのだと気づく。あたりまえだ。冗談に決まってる。まじめに反応してしまった自分が恥ずかしい。
「うぅ」
「すみません。でも、そんなに可愛らしい反応をされると、本気でさらってしまいたくなります」
 なんでもないことのようにしれっという若月さんはほんとうに意地悪だと思う。

 クリスマスイブの前日ということで、その日はいつもの週末と同じように過ごした。
 いつもと違うのは、テーブルのうえに飾られたミニチュアのクリスマスツリーで。これは、智兄がプレゼントだといって送ってきてくれたもので、若月さんに笑われた大荷物のうちのひとつだった。
「一気にクリスマスらしい雰囲気になりましたね」
 ツリーの飾りつけを終えた若月さんは、もの珍しげにしげしげとそれを眺める。わたしもうなずいてちいさなベルを撫でた。
「やっぱりクリスマスツリーは(モミ)の木ですよね」
 首を傾げる若月さんに、わたしは実家でのクリスマスについて話した。小沢さんに説明したように。
 案の定、若月さんは楽しそうにくすりと笑った。
「ああ、もしかして、庭に植えられていたあの松の木ですか?」
「そうです」
「それは、なんというか、賑やかな庭になったでしょう」
「はい。近所のひとたちが、いったいなにごとかと覗きにきてました。ついでにといって、願いごとを書いた短冊を飾っていったり」
 あ、とわたしは立ちあがる。
「祖父母から、若月さんといっしょにって、またお酒が送られてきたんです。今度はハイカラにシャンパンだそうです」
「いつもお気遣いいただいて申し訳ないです。お礼の電話を、というにはすこし遅い時間ですね」
「すみません、うっかりしていて。あ、届いたときに連絡してあるので大丈夫です」
「ですが」
「それに、今朝、電話をしたら、祖父は朝から酔っ払っていたみたいで、たぶん明日も二日酔いで寝ていると思います」
「そうですか」
 いっしょに実家を訪ねたときのことを思い出したのか、若月さんはなんともいえない複雑な表情でうなずいた。
 お酒に強いという自負を持つ祖父は、さらにうえをいく酒豪の若月さんに負けて、それをいまだに引きずっている。祖母がいうには「若いもんにゃあ負けん」と息巻いているらしい。困ったものだ。

 ***

 そして迎えたクリスマスイブ。
 午後になって、若月さんといっしょに買いものに出かけた。
 昨日まではそれほど寒くなかったのに、寒波の影響か、急激に冬らしい気温になった。ものすごく寒い。
「雪が降るかもしれませんね」
 同じことを考えていたのか、運転席に乗り込んだ若月さんがそういった。
「風邪を引かないよう、今夜は暖かくして寝ましょう」
 さらっといわれて、わたしはこくりとうなずく。うなずいてから、昨夜のことを思い出して頭に血がのぼる。
 若月さんのところに泊まるということは、つまり、同じベッドでいっしょに眠るということで。ベッドのうえで、緊張のあまり固くなったわたしを抱き寄せて、若月さんは苦笑した。
『そんなに緊張しないでください。なにもしません。今夜はまだ』
『え』
『だからゆっくり休んでください』
 そういわれても。抱きしめられたこの状態でそんな意味深なことをいわれて、はいそうですかとすんなり眠れるはずもなく。
 ようやくうとうとしはじめたのは、それからずいぶん経ってからだった。

 ***

 まぶたを開くと、ちいさなツリーがぼんやりと目に映る。若月さんと飾りつけをしたあのツリーだ。あれ、と思う。どうして目のまえにそれがあるんだろう。しかも横向きで。
「え、」
 はっとして起きあがろうとすると肩を押さえられた。あわててそちらに顔を向けると、若月さんがわたしを見下ろしている。真上に若月さんの顔がある。
「え? ……あ」
 自分がどんな状態なのかを理解して、わたしは混乱した。信じられないことに、わたしは若月さんに膝枕をされてソファに横たわっていた。
「す、すみませんっ」
 狼狽して身体を起こそうとするけれど、若月さんの手がわたしの肩を押さえたままで動けない。顔から火を噴きそうだ。

「落ち着いてください。気分はどうですか」
 そう尋ねられて思い出す。
 若月さんと買いものに出かけて、あまりのひとの多さに酔ってしまったのだ。それで、帰ってきたあとすぐに有無をいわさずこうして寝かされて、そのまま眠ってしまったのだろう。
「もう大丈夫です。ほんとうにすみません」
 恥ずかしい。両手で顔を覆って、ひたすら謝り続ける。穴があったら入りたい。
「謝らないでください。ぼくがいけないんです。昨夜、あまり眠れなかったのでしょう? それなのに、人混みのなかに連れ出してしまった」
 若月さんの手がわたしの髪を撫でる。
「そ、それは、あの」
「もうしばらく、このままでいてください」
「え」
「いやですか」
「いやじゃ、ありません、けど」
「けど?」
「ものすごく、恥ずかしいです」
 若月さんが笑う気配がした。顔を覆う手をずらしてそっと窺うと、レンズ越しの眼差しとぶつかる。その目がすっと細められる。
「我慢してください」
 そういうと、若月さんはわたしの身体にかけられた毛布を肩まで引きあげて整えた。やさしい声と仕草とは裏腹に、わたしを離してくれるつもりはないらしい。
 真っ赤になったまま、もぞもぞと身じろぎをして若月さんに背を向ける。

 壁際に置かれた大型テレビには、おそらく外国の映画なのだろう、字幕と、淡い金色の髪の女性が映し出されていた。いままで気がつかなかったけれど、微かに音が聞こえる。わたしが寝ているあいだ、若月さんは音量を下げてこの映画を観ていたらしい。
「あの、どうぞ、音量をあげてください」
 肩越しに振り向いて、申し訳なさに身を縮めながらそういうと、若月さんは不思議そうに瞬きをしてわたしを見下ろした。
「映画、ご覧になっていたのでしょう?」
 とまどいながらおずおずと尋ねる。
 若月さんは、まるでそういわれてはじめて気づいたとでもいうふうに画面を見て、ああ、とつぶやいた。
「観ていたわけではないんです。流していただけで」
「え?」
「あなたの寝顔を眺めるのに夢中でした」
「――――っ」
 なんでもないことのように平然とそんな台詞を口にする若月さんとは反対に、わたしはみっともなく動揺して彼の膝から落ちそうになる。
「危ない」
 若月さんの腕がわたしの身体を抱きとめる。わたしはソファに手をついて体重を支え、上体を起こす。視線をあげると、すぐ目のまえに若月さんの顔があった。
 まっすぐな眼差しにとらわれて動けない。
 視界が閉ざされ、唇を塞がれた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み