(三)

文字数 963文字

「そんなこと……、ないよ」
「いいよ、無理しなくって」
 確かに藤沢君の言うように、私が言ったことは厳密には嘘だ。でも、藤沢君が考えているのとは多分違う。私は藤沢君とずっと一緒にいたい。
「悪いけど用事が出来ちゃった。先に帰るけど、ゆっくりしていってね。悪かったね、無理につき合わせちゃって」
 藤沢君はそう言うと出園ゲートの方に走っていった。違うよ藤沢君、そうじゃないよ。私はそう思ったけど、何も言葉が出なかった。それどころか、彼の方に手を差し出すことすら出来なかった。でも、違うんだよ。
 いつもなら、簡単に口も手も出ると云うのに。
 藤沢君が振り返ったのが見えた。そしてこう呟いている。聞こえていないけど、彼はこう言っていた。
「引き留めもしないんだ……」

 私はその日、暗くなるまで家には帰らなかった。
 彼が立ち去るのを待ってから、私は遊園地を後にした。彼と電車で一緒になるのが嫌だったのだ。それから、公園に行ってベンチで暗くなるまで時間を潰した。
 あれほど楽しみにしていたのに。なんなんだ、この結末は。
 服も押し入れの奥から何年も来ていないスカートを探し出した。それからフリルがついているのが良いか、もっと大人っぽいのが良いか迷った挙句に選んだブラウス。今日の為に取っておいた新しい靴下。それに恥ずかしかったけど勇気を出して買ったピンクのスニーカー。もう、このスニーカーなんか、公園のごみ箱にでも捨ててしまいたい。
 顔だって、母さんの口紅をちょっと借りてつけてみたんだ。でも決まらないから、何度もやり直して、オバQの様になってしまったんで顔を洗ったんだ。決して何も考えないで来たわけじゃない。化粧がうまく出来なかっただけなんだ。
 そりゃ私みたいな男女、化粧をしたところで高は知れている。それでも、少しでもましになりたかったんだ。嘘でも誤魔化しでもいいから奇麗に見せたかったんだ。
 私は、駅から家まで誰にも会わない様に祈りながら走った。
 もし誰かに見られたら、絶対「そんな格好して何かあったの?」って訊かれるに決まっている。「そんなピエロみたいな恥ずかしい格好して、何処で笑われてきたの?」って。
 私は家に帰ると、夕食も食べずに直ぐ部屋に籠った。そして、ベッドに突っ伏して何年ぶりかでわんわん泣いた。
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