(一)

文字数 1,015文字

 あれから私は修一に会っていない。レス不要と書き加えたので、彼からの返信は当然無かった。
 文枝も気を遣ってか、私と会った時も彼の話を持ち出してこなかった。
 彼は電車を数本遅くしたのだろう、朝の通学時でも彼を見掛けることが無い。私がいくら一目見たいと思っても、それは叶わぬことだった。彼の方が通学時間が短く、遅い電車でも遅刻せず行ける。私がこれ以上遅い電車に乗ったら、もう完全に遅刻だ。
 帰りも彼を見掛けはしない。木曜日ですら彼と会うことは無かった。
 勿論、学校を休んで待ち伏せすれば逢えないことも無いだろう。でも、そんなことが出来るくらいなら、メールで謝罪などしない。直接連絡して逢いに行けばいいのだ。だが、私は彼に合わせる顔など無い。
 彼はまだ怒っているだろうか?
 きっと今でも不機嫌そうな顔をしているに違いない。でも、彼なら許してくれているだろう。もう私と付き合う気など無くても。

 私はこの日も、そんなことを考えながら電車に乗っていた。私の前をにやけた顔の助平そうなオヤジが通っていく。車内の通路へと行く心算らしい。だが、奴は通路を入った所で立ち止まった。どうせ行くのなら奥まで行けよ! そこで止まったら邪魔だろうが!
 オヤジの前は、いかにも可愛いという感じの女子高生が、吊り革につかまって古文の問題集を眺めている。私だってこのくらい美人だったら、もう少し潰しが利いただろうに……。
 その時だった。その美人女子高生が「ひっ」と云う声を上げ、その隣にいた男子がオヤジの手を掴んでいた。
「あんた、今、この女の子の尻を撫でただろう? 痴漢したよな?」
 男子高校生にそう言われ、オヤジはしどろもどろだ。だが、本人はそうでは無いと言いたいらしい。
「ぼ、僕は何もしていないよ……。え、冤罪だ」
「言い訳は別の所でしろよ! おい、電車を降りろ!」
 この男子はオヤジを電車の外に引きずり出す心算の様だ。
「おい、待てよ! 私は見てたけどな、そいつは何もしてないだろう? どういう心算なんだ?」
 私がそう云うと、この男子高校生は「やばい!」と云って、丁度駅について開いたドアから飛び出して行った。美人女子高生もそれに追いて行く。
「何考えてんだ? 手前らのしていることが分かってんのか? そいつは痴漢と一緒なんだぞ。そういう奴らのせいで、本当に痴漢にあった奴が、信じて貰えないと言って泣き寝入りしてんじゃねえか!」
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