(一)

文字数 1,200文字

 私は日色晶、一応女子高生。友達からは「学校一の男前」と呼ばれている。揶揄っているだけなんだろうけど、正直、いい気はしない。私だって、いい加減その色気のない綽名を返上したい。
 そうは云っても、またやらかしてしまった。公衆の面前、それも憧れの藤沢君が乗っていた電車の中で。
 その朝、丁度座っていた私の目の前に、マタニティマークを付けた鞄の女性が立ったのだ。私は喜んで彼女に席を譲る。これは建前ではなく文字通り。だって、人に席を譲るとその日一日幸せな気分になれんじゃん。なんかいい人になった様な気がして。もう「よくぞ、私の前に来て下さった!」ってなもんだよね。
 で、そこまでは良かったんだけど、隣の先のジジイが「妊婦だからって、病人みたいな顔して席を譲って貰ってんじゃえや」なんて言っているのが聞こえちゃったんだ。で、ついこの糞ジジイに絡んじまった。
「なんだ? そんなに座りたいならもっと空いている時間に乗りぁいいだろう? 背広にネクタイ締めてんだから、満員電車ぐらい立ってられんだろう。それも出来ねえんならさっさと隠居しやがれ!」
 するともう売り言葉に買い言葉になっちまって、収拾が付かなくなっちまう。
「てめえら学生が鞄を床に置いてるから、立っているのがあぶねえんじゃねえか!」
「それは、そういう奴らに言えよ。今は関係ねえだろうが」
 もうそうなると、周りの乗客も知らんぷりしてられなくなって、駅に私とこのジジイを次の駅に降ろさせて、駅員を呼んでくる。
 駅では軽く説教を食っただけで、私は早々に開放されたけど、勿論、それだけでは収まらない。
 教室では、担任が「今朝、電車の中で我が校の……」なんて話を始める。
「誰とは言いませんから、心当たりのある人は、校長室まで来るように……」って、誰とはって私だって思ってんだろう? そうだけど……。クラス中だって、私だとみんな思っている。そうだけど……。
 で、隠すのも面倒なので手を挙げて「わたしで~すう」って言ってやるんだ。
 リーゼントの馬鹿男子どもが、腹を抱えて笑ってやがる。本当に腹が立つな、こいつら。
 放課後、校長室に行ったら、一時間は説教を食らう。
「あなたのしたことは正しい事で、非難する訳ではありません。ですけれど、女性としての慎みも持って……」
 どうしろと言うんだ? 女はこういう場合「見て見ぬふりをしろ」って言いたいのか? そりゃ、私だって見て見ぬふりをしたいと思っているんだ。いつもそう思うんだ。しかし、どうも我慢を忘れて手と口が出ちまうんだ。
 でも、今度という今度は誓う。出しゃばったりは、もう二度としない。ジジイに絡まれたからじゃない。担任に嫌味を言われたからでも、男子に揶揄われたからでもない。ましてやこの校長に説教されたからでもない。
 あの電車に藤沢君が乗っていたのを、降ろされた時見てしまったからだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み