(三)

文字数 1,097文字

 最寄り駅までの電車内、文枝に文句を言いまくったものの、結局、私は日曜日のデートを承諾した。でも、嫌々ってのはどうも彼女に伝わってないみたいだ。文枝はニヤニヤ笑いをしながら改札を出ると、手を振って私と別れ帰って行った。
 まあ、私はなんだかんだ言って確かに少し喜んでいる。
 どうせ学校から今日の事について家にも連絡がいっている筈だ。正直、あのまま家に帰って、小うるさい父と母の小言まで聞かねばならないかと流石の私も気が滅入っていたのだ。でも、藤沢君とデートすると考えれば、そんなの馬耳東風、馬の耳に念仏だ(東風って念仏って意味だっけ?)。小言なんて、どんと来いってなものさ。
 そう、言うなれば塞翁が馬ってところだ。ラッキーとアンラッキーは常にあざなえる縄のごとしってなもんだ。

 私は何時も以上に両手を大きく振って、家までの見慣れた道を進んで行く。
 この道もずっと変わらない。並んでいる店は、木造から鉄筋になり、それが取り壊され、何軒か合わさって大きなマンションになったりもしていた。でも道路だけは無機質に舗装された真直ぐな昔のままだ。私は歩けるようになってから、ずっと家から駅までこの道を歩き続けている。この道を歩かなくなる時が、私にも何時かくるのだろうか?
 私の家は小さなビルの間、車の走る2車線の道路からひょいと曲がって、一間程の幅の路地を入ったところにある。そこには幾つもの家のガラス戸があって、それがそれぞれの家の玄関になっている。路地の玄関脇には沢山の鉢植えが並んでおり、中には発泡スチロールをそのまま植木鉢にしている物まであった。庭を持てないここの住人は、これが庭の替わりになっているのだ。
 この路地の真ん中あたりの印刷家が私の家。店の脇のガラス戸が私んちの玄関だ。昔、友達を連れて来た時、入口がドアでないことに驚かれた。そしてガラス戸を開けると直ぐ玄関になっていることにも驚かれた。そして玄関から脇を見ると、店と繋がっていることにもやっぱり驚かれた。
「あ、晶ちゃん、お帰り。また大活劇をやらかしたんだって?」
 丁度、玄関脇の実山椒の鉢の水遣りをしていた、アッパッパ姿の隣のお婆ちゃんが私に声を掛けてきた。
「ただいま、お婆ちゃん。もう勘弁してよ」
「あんた、何時までもそんな調子じゃ、貰い手が無くなるよ」
 私は笑って誤魔化すしかない。そんなことは、お婆ちゃんに言われなくたって私自身が一番良く分かっている。いい加減にこの性格を改めないと、本当にこの先、そういう話に一切無縁の存在になってしまう。
 それにしても、どうしてそんな話が隣近所にもう伝わっているんだ?
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