(三)

文字数 1,004文字

 私は修一に、ざっと昨日の親父とのやり取りを説明した。
「てな訳なんだ。意地になっちゃってさ。気にすんなって。付き合って長いどころか、会ったばかりだってのに、本当にごめんな、忘れてくれよ。」
「いや、別にそういう事じゃないだろう。それに何時かは俺も、晶のご両親にも会わなきゃならないんだろう?」
 私は正直、また泣きそうになった。今度は嬉しくて。私は「彼に一生追くてく」心にそう誓った。もう耀子さんが何て言おうと、画像でも何でも送ってやるぞ! (心の中で『要らねえよ!』って修一の声が聞こえてくるのは何故だ?)
「で、晶ん家、行けばいいのか?」
「本当に来てくれるのか?」
「でさ、これからじゃ駄目か? 俺がいるって分かりゃいいんだろ? 案内してくれよ。土曜日とか云って、準備されて構えられるより、ちょっと挨拶ぐらいでさっと帰るくらいの方が楽だもん」
「本当に来てくれるのか? ありがとうな、ありがとう……」
「おい、おい。泣くなよ。そのくらいで」
 私は感極まって、修一にしがみついたまま暫く涙が止められなかった。

 電車内では少し離れて立っていたけど、私はもう完全に空を飛んでいて足が地に付いていなかった。その上、泣き腫らして顔はぐちゃぐちゃだ。流石に恥ずかしかったので人に、見られない様に反対側の扉から窓の外ばかり私はずっと見ていた。
 そして今、駅から家までの道を修一と二人で歩いている。並んで歩くのは、まだまだ恥ずかしいので、五メートル程後ろから修一について来てもらう。
 それでも時々後ろを見て、私は彼がいることを確認していた。疑っているようで申し訳なかったが、やっぱり不安だったのだ。それで、彼がいるのを何度も見て、そのたびごとに私は安心して胸を撫でおろすのだった。
 家の前の路地に入ると、私は家があまり裕福でないことが、少し恥ずかしくなってきた。彼のお母さんの耀子さんは、何の躊躇いも無く高価なイタリア料理を鱈腹食べていた。きっと藤沢家はお金持ちに違いない。
 路地に入って近づいてくる藤沢君に、私はそっと言葉を掛けた。今さらという気はしたのだけど。
「藤沢君、家、小さいの。驚かないでね」
「ん、そんなのどうでもいいから案内しろよ。何か変だぞ、お前、今日は」
 そう言うな、もう感情が爆発しそうなんだ。今日の私は。
 私、死ぬ前に絶対この場面思い出す。私の一番幸せだった時間って感じで!
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