(二)

文字数 1,065文字

 私たちは一番安い普通のもんじゃ焼き一つを二人でシェアした。店にしてみれば2席も使って迷惑な客だが、この店をやっている小父さんは嫌な顔一つせず注文を受けてくれた。文枝は私の為にもんじゃ焼きの土手を作ってくれる。私なんかの為に。
 私は文枝に全て話した。デートの為にスニーカーを買ってたことも、一時間前の駅で時間つぶしをしていたことも、彼がずっと不機嫌だったことも、結局何もアトラクションに乗らず、何も食べなかったことも、彼が怒って帰った時、私は引き留めることが出来なかったことも。
 私は思い出したくないって考えていたけど、それは嘘だった。私は全部ぶちまけたかったんだ。
「そうか、藤沢の奴、あたしが三味弾いたと思ったんだな」
「なんだよ、それは?」
「だからさ、あたしが『晶が藤沢に憧れてる』って言ったのを嘘だと思ったんだよ。あいつ、あんな顔して晶とのデートを楽しみにしていたんだ。だから晶が楽しそうにしてなかったんで、晶があたしに頼まれて嫌々デートしていると思ったんだな」
 嫌々の訳ないだろう? 嫌々に見せたかったけど無理だったんだ。私は本当に憧れていたんだ! 私がこんな女だって、憧れるくらい許されてもいいじゃないか。
「そんなこと言ったって、藤沢君だって、不機嫌そうな顔していたぞ!」
「あいつはああいう顔なんだ!」
「はぁ?」
「笑わない男なんだよ、藤沢は。恋人どころか、男友達もいない。奴は常に独りぼっちなんだ。『一時間も待った』って言うのだって、『それ程君の為に待ったんだ』ってアピールだったんだろ。あいつはそう言う奴なんだ」
「なんだよ、それは? なんで笑わないんだよ? なんで友達がいないんだよ?」
「言えるか! そんなこと、本人に訊けよ」
 そんな馬鹿な……。でも、そうかも。彼が笑ったことは確かに見たことがない。じゃぁ、結局、私が勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで、勝手に気を遣って、勝手にふられたってことか?
 彼にもう一度会って謝らなくちゃ……。私はこんな女だから、ふられるのは仕方ないけど、文枝が嘘つきだと思われるのは放っておけない。
「彼にもう一度会わなくちゃ。文枝は藤沢君のメアドか何か知っている?」
「あたしも良く知らないんだ。奴はプライベートについて誰にも話さないからな」
「彼、何時頃に帰る?」
「晶、あたしは人の蔭口は嫌いだ。だから詳しくは話さない。でも一言だけ言っておくぞ。お前が藤沢に憧れるのは勝手だが、奴は決して完璧なアイドルじゃない。ある意味あいつはお前以上に問題のある奴なんだ」
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