(一)

文字数 771文字

「覚えてやがれ!」
 チンピラはそう言うと、後ろを時々振り返りながら、転びそうな足取りで走って逃げて行った。恐らく、仲間を呼びに行ったのだろう。こっちもハッタリだったんだ。早くこの場を立ち去らないと危ない。私は急いで路地から出て行こうとした。
 この二人とすれ違う時、男子高校生の方が私に棄て台詞を吐いた。
「待てよ! 何か言ってけよ。馬鹿にしやがって!」
「別に……。私は何も思ってない。どいてくれ」
 後ろから肩に掛けられた奴の手を、私は振り払うように、そのまま歩き続ける。私にはこいつらに説教できるほど立派じゃない。正直、自分でも何やってんだと言いたいくらいだ。

 私が駅に近いところまで戻った所だった。礼のカップルの女子の方が私を追いかけてきた。男子もそれに追いて来ている。
「ねえ、そんなに強いなら、あたしたちを助けてよ」
「ん?」
 女子の方が何か言っている。
「あたしたち、あいつらに脅されてるの」
「そんなの、警察に言えばいいだろ?」
「そんなことしたら……、あいつらに撮られたビデオをネットに流すって……」
 私は思わずため息が出た。どうしてこんな話ばっかりなんだろう? 世の中の男って奴はそんなのしかいないのか?
「このまま、そうしてたって、いいようにこき使われるだけだぞ」
「もう、止めろよ。こいつだって、何も出来やしないんだ。あいつらには」
 男子の方が、女子の手を掴んで引き留めている。こいつ、男の癖に根性の無い奴だ。出来るか、出来ないか、では無いだろう。やらねばならぬのなら、出来なくてもやるだけだろう? 出来ることをやるだけじゃ、勇気があるとは言えないじゃないか。出来ないことを、怖くて怖くて仕様がないことをやるのが勇気だろう。
 気が付くと、私は女子の方にこう言っていた。
「おい、そいつらの所に案内しろ!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み