(一)

文字数 1,023文字

 私は「ただいま」と言って、修一を連れて家に入った。そして少し声を上げて「彼氏連れてきたから、部屋にあがるぞー」と両親に断って部屋に登ろうとした。
 私は、彼氏を見せて早々に修一に帰って貰おうと思っていたのだ。彼の気持ちに応えて、これ以上の気を遣わせない様に思ったのだ。
 だが、それとは別に、私は酷く嫌な予感がしていたからでもあった。
 しかし、あまりに不用心とだったと云うか、私の警戒心が足りなかった。人の性格や相性と云うものに対する配慮が。
 仕事場の方から、何か大きな物音が聞こえる。しかし、そこまで驚かなくてもいいだろう? 動揺して仕事道具を取り落とすほど。
 その音に修一もびっくりして足が止まる。その瞬間に母が言葉を掛けた。
「あら、晶、お連れするんなら、ちゃんと連絡しなさいよ。何の用意も出来てないじゃない!」
 そう言って母は、修一の顔を覗き込む。
「いらっしゃい。下でお茶でもどう?」
 おい、ちょっと待て! 私はその展開を恐れていたんだ!
「晶、あんた、いつもの草餅買って来なさいよ。あそこの美味しいから」
 そんなの滅多に食っていないだろう! いや、そんなことより、修一を一人残して行くのが心配だ。親父やお袋が何を言い出すか知れたものでない。私は修一に目配せしようとした。断れ!
「あ、ご馳走になります」

 私は菓子を買いに行かされた。
 下手に抵抗するとまた親子喧嘩になる。そうなると、また修一に気を遣わせてしまう。ならば、さっさと菓子を買って帰り、菓子を食べて修一を帰すんだ。
 しかし、そういう時に限って悪いことが起こる。和菓子屋が休みなのだ。このまま帰ると、また私の事を「気の利かない奴だ」と喚くに違いない。喚かれるのは構わないが、修一のいない時にして貰いたい。
 今更、お淑やかなお嬢さまを装う気は無い。それでも修一に親子喧嘩を見せたいとまでは思っていなかった。私は離れた別の店へと急いだ。

 約十分後、たった十分、私が路地に戻った時、修一は丁度家の玄関から出てくるところだった。何故、一人で出て来たんだ?
「修一、どうしたの?」
 私の質問に、修一はこれ以上ないほど不機嫌な表情で返事を返した。
「晶、ごめん。俺、やっぱりお前と付き合えんわ」
「なんだよ、いきなり……」
「俺はお前とのことしか考えていなかったけど、お前一人じゃないものな」
 修一はそう言って、呆然とする私を突き飛ばして走り去っていった。
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