(一)

文字数 722文字

「それは困るなぁ」
 それはそうだ、自分でも流石に虫のいい提案だと思っている。
「これからは、俺の彼女なんだから、少しは大人しくして貰わないと……、またどっかのジジイに喧嘩売ってやしないかと、心配でしょうがないじゃないか!」
 彼はそう言って、舌を出してから私に笑いかけた。今度こそ本当の笑いだ。
「こら! 騙したな!」
「日色さんが、俺の嘘を全部信じるって言ったんじゃないか!」
 私たちは二人で大笑いした。公衆の集まるリストランテだと云うのに。

「じゃ、日色さん」
「晶でいいよ」
「じゃ、俺、修一ね。今度の日曜、デートのやり直しをしようよ。今度は手を繋いで行こう。それで何か乗ろう。それから一緒に食事もしよう」
「OK」
「じゃ前祝ってとこで、何か食べない? 俺、腹減っちゃってんだ」
「でも、私、そんなにお金持ってないよ」
「多分大丈夫……」
 修一はそう言ってから、カウンターの向こうにいるマスターに声を掛けた。
「マスター、母さんから飯代預かってるんだろう?」
「勿論だよ。足りなくなったら付けといてくれとも言われてる」
 修一は、私に向ってウインクをする。でも……。
「修一君のお母さん?」
 それには修一ではなく、マスターが答えた。
「あれ、知らなかったの? 一緒に食事してたじゃない。耀子さん、修一君のお母さんだよ」
「え? だって彼女、まだそんな歳じゃないんじゃ……」
「もう四十だよ。あの若作りババア、本当に困ったもんだ」
 何となく、私も耀子さんって本当に悪魔じゃないかって思った。

 でも、これで私も『男前女子』の汚名は返上。この綽名は、熨斗をつけて田中文枝にプレゼントするよ。あいつの方がよっぽど『男前』だもん。
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