(三)

文字数 1,080文字

 それは、例の高校生カップルだった。正直、私は彼らなどに会いたくない。彼らを犯人として指摘したくないと云う慈悲の気持ちなどではない。むしろ、私の方が彼らに対して後ろめたい気持ちがあったのだ。
 だから、彼らが私を人気の無い所に腕を取って連れて行こうとするのを、敢えて抵抗などしなかった。彼らも人に聞かれないように、私に文句を言いたいだろう。謝るつもりなど毛頭なかったが、相手を論破しようとなどとも思っていなかった。
 彼らは私を、工事現場脇の路地へと引きずり込んだ。そして工事音遮蔽板に投げつけるように私の腕を解放した。
「こいつです」
 そう言って男子高校生は後ろにいた誰かに声を掛けた。
 このカップルには、裏で糸を引いている誰かがいるようだ。もしそうであるなら、私は彼らに後ろめたい気持ちなど持つ必要など、どこにもなかった。私の口元から苦笑いのような笑みがこぼれるのを押さえられない。どうやら私の勝手な思い違いだったようだ。
「困るんだよなぁ、うちらの仕事を邪魔してもらっちゃ」
 後ろから現れたのはアロハを着たチンピラ風の男。恰好で脅かそうという典型的なチンピラだ。そいつは遮蔽版を足蹴にして、例の高校生カップルにこう言った。
「いいか、お前らもちゃんと仕事をしないと、こうなるってことを見てろよ!」
 チンピラは私に暴行を加える心算らしい。でも……。
 チンピラが私の髪の毛を掴もうと右手を伸ばす。私はその手首を左手で押さえ、野球でボールを投げるような形になるようにクイと押し返し、相手の二の腕の下から右手を差し入れチンピラの掌を掴む。そして、右足を相手の右側へと踏み出して、両手で相手の右手を持ったまま、腰を一気に屈める。
 この一連の動作は一瞬のうちに連続して行われた。不意をつかれたチンピラは弾みで仰向けに倒れる。そして、私はその態勢のまま、例のカップルを上目遣いに睨みつけた。
 チンピラは痛がりながら文句を言っている。何を言っているのか分からないが、少しうるさい。私は右手に掴んでいる相手の四本指を、反るように思いっきり向うへと一旦折り曲げてから、後ろに跳んでチンピラを解放した。
「てめえ、やりやがったな!」
 私はにやりと笑うと、空手の型をして見せる。勿論、ハッタリだ。私はそんなもの習ったことも無い。でも、こういう時はビビった方が負けになる。それにこいつは今一人だ。こう云う奴らは二人以上でつるんで歩くことが多い。脅かせば、ツレの所に逃げるに違いない。
「あんた、私一人だと思ってんの? 待ってなさい。もう直ぐ私の仲間が来るからね!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み