(三)

文字数 1,059文字

 それから三日後の木曜日、私は彼が帰る時刻を見計らい、文枝がした様に乗換駅のホームで藤沢君が来るのを待っていた。特にクラブ活動もせず友人もいない彼は、決まった電車で決まった時間に帰る。そこまで分かっていても、その時刻にそこで待つのは直ぐには出来なかった。彼の帰る時間があまりに早かったからだ。
 彼の選択教科と私の選択教科の塩梅が、丁度木曜日に合致し、私は藤沢君が乗るより前に、私たちの電車のホームに来ることが出来る。今月はもう今日しかその適合日がない。
 私の予想通り、藤沢君は木曜日の決められた時刻にホームに現れた。私は文枝の様に彼の元に近づいていく。しかし、余程、私とは話したくないのだろう。それに気付いた彼は逃げるように電車に乗り込んで行った。
 私も同じ電車の同じ車両に乗る。でも、私は彼に話しかけることも、近づく事も出来なかった。彼に背を向けてドアの前に立ち、私は外の景色を眺めるふりをし続けた。それでも彼が途中下車しない様、彼のことを見張りながら。
 彼はシートに腰掛けて、目を閉じて寝たふりをしている。それでも、私は彼が全く寝ていないことを知っていた。恐らく彼も、私が全く景色を見ていないことを知っているに違いない。
 私は自分の最寄り駅が車窓から過ぎて行くのを見送った。もう、これで私がこの電車で彼と一緒にいることを、偶然と云って誤魔化すことも出来なくなった。私は完全に彼に憑りついているストーカーだ。
 藤沢君は何駅か先で電車から降りた。私も後を追って下車する。それからどうするかなんて、私は何も考えていない。でも彼を追いかけた。もう、そうするほか無かった。
 藤沢君が人気の無い所まで来て立ち止まる。勿論、彼は私がいることを知っている。私はずっと隠れてなどいないからだ。
「日色さん、どういう心算?」
「藤沢君に一言だけお詫びが言いたくて……。ごめんなさい!」
 藤沢君は私の言葉に目を丸くして驚いた様だった。でも、直ぐにまた、下を向いて不機嫌そうな表情になる。
「そうなんだ……。田村が自分を揶揄って、日色さんに無理言っていたんだと、ずっと思ってたよ。日色さんもグルだったんだ。一緒に僕を馬鹿にしていたんだ。そうなんだ」
 え? 藤沢君は何を言っているの? 何? 何が起こったの? 私は訳が分からないまま呆然と立ち竦んだ。
 私が藤沢君の言っている意味に気が付いた時は、彼はもう私の追いつけない程遠くに走り去っていた。
「違うよ」
 もう、そんな事を言っても、彼にその言葉が届くことなどない。 
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