朝方、電車で帰る

文字数 2,018文字

 秋になると、夜が暗かった。
 特に、都市部から離れれば離れるほど、夜の闇が濃くて、灯りが無い。まだ二十一時を過ぎたばかりなのに、電車から見える景色は、黒一色に染まっているのだった。
「真っ暗やね。」
 僕が窓側の席で外を見ていると、隣に座っている梨恵(リエ)も外に眼をやりながら言った。僕ももう一度、暗闇の中で家が無いかを探してみる。
「田舎やな」
「うん」
 僕たちはさっきまで居酒屋で酒を飲んでいた。ほどほどに食べ、ほどほどに飲んだ。それぞれが代謝良く顔を赤くしていたので、好い頃合いだと帰路につくことにしたのだ。
 地方都市ではあるが、平日の夜でも街中にはそれなりに人がいて、皆が酒盛りをしていた。梨恵の家はそこから更に快速電車で三十分ほどかかるのだから、にぎやかな街からどんどんと遠ざかって行く。電車が走れば五分も経たない内にビルが無くなっていき、昔ながらの一軒家の明かりがちらちらと窓の外を通り過ぎていった。だけれどそれも直ぐに消え、辺りに光は無くなってしまう。暗くて良く見えないが、この辺りは田園風景が広がっているのだ。
「平日やけど、家()うへん?」と梨恵に誘われた。僕は二つ返事でラインを返し、仕事が終わって服を着替えて来たのだった。
「霧、がね。」
「うん」
「こっちは霧が、すごいんよ。冬になると。今も、ちょっと霧が出てる」
「ほんまや」
「学生の時とかさ、自転車で登校するやん。そうすると、もう学校に着く頃には、髪の毛が濡れてるんよ。だから私ら皆、ドライヤー出して、乾かすのが日課なん。」
「毎日それって、大変やな」
「ふふ」
「そういや、お母さんは?」
 僕は梨恵の方を見ながら言った。
「まだ、入院してる。」
「ずっと調子悪いん?」
「ううん。調子は大分好いみたい。念のためやってさ。身体は大丈夫やのに、不思議ね。」
「そっか。」
 僕らが何気ない話をしている内に、いつの間にか快速電車は次の駅に停車していた。滑るように扉が開き、乗客がまばらに入って来る。すると、唐突に通路側から声がした。
曽川(ソガワ)か?」
 僕と梨恵が声のする方向を見ると、そこには年配の男性が立っていた。
「先生」
「元気してるの?」
 どうやら梨恵の知り合いのようで、楽しそうに二言三言話している。と、そのうち梨恵が僕の方を見て言った。
「高校の時の担任やねん。ちょっと、向こうで先生と話してくるわ」
「ああ、ええよ。」
 そう言うと、梨恵と担任の先生は後ろの席へと移動していった。移動する際に先生が僕の方に眼をやり、小さくお辞儀をするので、僕も慌てて、同じ様に頭を下げた。
 それから、梨恵の自宅の最寄り駅に着くまで、梨恵は席に戻って来なかった。


 快速電車の扉が開くと、冷気が車内に入り込んできた。僕らはそれと入れ替わりに外へ出て、ホームに降りる。僕ら以外に、人はいなかった。自動改札を抜けると、道路沿いに小さな街灯があった。僕らは人気の無い道をゆっくりと歩く。酒を飲んだせいで身体は火照っていたけれど、それでも外気は冷たく感じた。しばらくすると、県道を跨ぐように鉄橋があり、梨恵が階段を上って行く。
「前、私んち来たん、いつやっけ」
「二週間くらい前かな」
「そっか。そうそう。さっきさ」
「うん」
(テル)くんのこと、聞かれた。ふふ。」
「どゆこと」
「彼氏か?やって。」
「うそ」
「私、めっちゃ困ったわ。思わず、友達ですって言ってもたし。」
「適当に彼氏ですって、ゆうたら良かったのに。」
「だって、違うやん」
「そうやけど」
「友達、って言われるとさ、それも、なんか、違うような気がするし。うーん」
「セフレ?」
「私、その言い方、いや。」
 そう言いながら、梨恵が僕の方に手を伸ばした。僕はその手を掴んで、思い切り体重を後ろに掛ける。
「この人、重い…」
「えらい酔うたなぁー」
「私が手、離したら、あなた、後ろに転げ落ちるで。」
「梨恵ん()で、寝て良い?」
「良いよ」
「明日、仕事やろ?」
「うん。普通に。君も?」
「うん。早起きして、一旦家帰るわ。」
 僕らは酔いの回った足取りで、鉄橋を上る。県道を時折、車が通過していく。鉄橋を降りた頃に、思い出した。確か、この路地を入って少し行った左手にある、二階建てのハイツだ。
「仕事場にさ、好い男おらへんの?」
「それなりにはいるけど、なんかね。若いけど、単細胞って感じ。私、ちょっと合わへんわ。」
「良さそうな気もするのに。」
「自分と気が合う人探すのって、中々難しいね。あ、そこやで。左。」
 もう一本先の路地を左かと思っていたのに、実際は一つ手前の路地を左だった。やっぱり一度では覚えきれなかった。
 梨恵は一階の一番奥の扉の方に歩いていった。僕もその後に続く。扉の前までつくとバッグから鍵を取り出して鍵を開けた。
「ただいま。」
 そう言いながら、扉を開けて梨恵が部屋に入る。僕も遅れて部屋に入る。
「ただいま」
 梨恵にならって小さく言った。そのタイミングで梨恵が電気をつけた。部屋の中が明るく照らしだされた。
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