サザンクロスについて

文字数 2,369文字

 私はてっきりあの交差点の名称、すなわち西の秋葉原と云われる大阪日本橋のオタロードの中心にある交差点はサザンクロスで間違いないと思っていたのだが、或る日の話題の際、其の事を友人に話した折、彼は突如として顔面を燻らせるように破顔した後、足元から崩れるように大笑したのだった。私はその友人の反応を見て困惑すると共に、大いに気分を害したのである。此方としては一生懸命件の話題について彼に臨場感をそのままに伝えようと努力していた矢先であった為、話の腰を折られたのと、其れから私の、まぁ云えば単純な心得違いを鋭く指摘されてしまったような気がして 顔厚忸怩(がんこうじくじ)、慙愧に耐えない穴があったらずぼ込みたい、兎に角そういった私の面子と鼻っ柱を一気に挫かれた恥ずかしさに一人内心身を打ち震わせていたのである。
 そもそも今思えば私が友人に伝えようとしていた話題さえ考えてみればさして重要でも無い事であった。ただし、世間話と云いうのは何時でもそのような下らない与太話である。私たちは生活において何時も其のような下らない与太話を大いに四方山っているのだ。で、私が友人に云いたかった事いえばつまり、オタロードに生息するメイド、もっというとメイド喫茶には大別として二種類あるという事なのである。奴等は大きく分けて二種類に分類できるのだ。何故二回云ったのかと云えばそれは私の優しさゆえである。
 まず一種類目、此方についてはそもそもの我々の思い描くが如くのメイド、つまり朴訥としつつ品格も兼ね備えた身形によって、ささやかな業務スーパー等で購入したかのような何とは無いオムレツに覚束ない手つきでケチャップを持ちつつ、ある一方の見方で云えば芸術的且つ情緒的な子猫の顔面を描き、完成後は我々に何やら奇妙な仕草と呪文を唱える事を決然と要求し、我々も彼女の要求通りの動作と呪詛を唱えるが、勿論其れによって事態は一向に好転する事も無く阿呆面を下げながらぽかんとしていると、此れでオムレツはすごく美味しくなりましたにゃん!等と云ってまねき猫のような構えをした(のち)、足早に其の場を立ち去ってしまう系のメイドである。そして、其の足早に立ち去ってしまう系のメイドの後ろ姿を見ながら我々は一種の哀愁にも似た気持ちを持つのであるが、其れと当時に我々は大いに満たされているのは何故かというと、其の彼女のオムレツにケチャップを塗り付ける際の其の頼りない指先の動きや、我々と目が合った時に瞬間的に視線を横にずらしてしまう初々しさに、我々は在りし日のかつてあり得なかった青春の灯と云った郷愁を立ち昇らせ心がほっこりするからである。素朴なメイド喫茶にはそういう癒しがあるのである。
 そしてもう一つのメイド喫茶。こちらについてはもう彼是10年ほど前から生息を始めた、彼奴等(きゃつら)こそが日本橋を衰退させたと云っても過言が無いと思えるのであるが、職業メイドとでもいうような所謂、キャバクラメイド連中なのである。此方は接客料、チャージ料、目線料等と訳の分からない言いがかりのような請求書を作成し法外な料金を要求してくるという輩である。彼奴等には大いに注意を払う必要があるが、然し幸いな事に彼奴等は見た目からして容易に識別が可能であって、彼奴ら職業メイドはまず一つとしてやる気がなく、又其の身形は奇怪に清潔感を欠き、頭髪の色も黄金色(こがね)を好み、おそらくは日頃からの食生活も不規則なのだろうか、顔面にあばたを散らしたような者も少なからず居る為、もし彼奴等が、メイド喫茶いかっすかぁ、等と云ってきても、いや。(わたくし)、激烈に先を急いでるもんで。苛烈に生き急いでるもんで。もんで。等と云う常套句を華麗に伸ばした右手と共に吐き捨てる事で回避する事は容易なのである。又、稀に、キャバクラいかっすかぁ、と云う最早メイド喫茶に偽装したキャバクラと云う体を隠すのも諦めた豪胆な連中も居り、私はあまりの事態に頭がついて行かず危うくひっつかまって引っ張り込まれる所だったのであり、つまりこのようなメイド喫茶もあるにはある。此方がもう一種類の方のメイド喫茶。
 そして、件のようなメイド喫茶がくんずほぐれつひしめき合っているのが、冒頭にお伝えしたオタロードの中央に位置する交差点なのである。そして其の名称について友人がサザンクロスでは無いと云ったのだ。
「アハハ。君、其れを云っちゃア、サザンクロスなんて南斗六聖拳の一人シンの根城に成っちまうぢゃ無いか。違うよ。正しくは、あすこは通称グランドクロスと云われているんだよ。」
「え、そうだったかい」
「そうだよ。まぁ、僕も何時からあすこがそのような名で呼ばれ始めたのか由来は知らないが、兎に角あすこはグランドクロスと呼ばれているんだ。まぁ単純に考えれば惑星が十字に並んでいるのを交差点の形に引っかけているだけの事かもしれないがね。」
 そう云って一つの恥と不等価交換した上、私は新たな知識を獲得していくのであった。
「そうだ、君。君の其のサザンクロスでつい思い出した事があるが、僕の会社の近くにある恋愛旅館(ラヴァ・ホテル)、あすこもサザンクロスと云う名なのだよ。覚えているかい?」
「サザンクロス?そんな話した事があったかな」
「何を云ってるんだい。Sさんが初夜を過ごした所だよ。」
「嗚呼、Sさんと云えば、職場の屋上で大層やらかした彼女かい。」
「そうだよ。今でこそ、彼女、要望(リクエスト)がありゃ

というような奔放な人だけどね。だけど、彼女、かなり初体験が遅かったらしいね。」
「そうなのかい。」
「其の彼女の初夜を過ごした恋愛旅館(ラヴァ・ホテル)が正にサザンクロスなんだとさ。」
(ラヴァ)を営む隠場の名称とはとても思えない名だな。」
C'est la vie.(まったくだよ。)
 私は、Sさんがサザンクロスで獣のような咆哮を轟かせた初夜に思考を遊ばせながら敷島に小さく火を灯し眼を瞑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み