前座

文字数 5,254文字

 …………………。…… ……エェー。どうも。… …皆様わざわざ遠いとこから足をお運びで。今日はドーラク亭寄席大入り満員でェ、どうも有難うございます。……と、ゆうても、皆さんなんやハトが豆鉄砲でも食ろたような顔しておりまして。………えへ。どうもすんません、突然こんな知らんおっさんが出てまいりましてェ。…まだ皆さんにも六にお目通りもしてませんで、ほんに申し訳ありません。ほなちょっと、まず自己紹介からさせてもらいます……、………って、アラ。… …あらあら(笑)わたいの名前知ってまんのんかいな。……え、……な、……なんで皆さんそんな知ってまんねん(笑)わたいまだ落語家なってちょっとも経ってへんし、六に高座にも上がってェしまへんのやで。まだ持ちネタもないし、ここの寄席上げてもらうのも今日が初めてですがな。エェ。…そやのに何でわたしの名前知ってる人、そないに居てんのん(笑)かなんなぁ古参のお客さまは……。…チョット、お父さん、どこでわたしのことお知りになったんです?…一心寺、はぁはぁ。… …それわたし弟子入りして初めて高座上がらしてもろた時ですがな……つい三日前のことですやん。…カー。ほんまに恐れ入ります。覚えて頂いてて有難うございます……。エェ。こんな末端のモンまで覚えて頂いてるやなんて、大した常連さまですわホンマ。エェ。……マァー、そうゆう奇特なフアンの方以外はー、わたしを初めて見る方も多いと思いますのんでー(笑)、…ここで改めて自己紹介の方をさせて頂きます。……エェー、わたくし、この度、桂ざこばの直弟子にさせて頂きましたァ、桂こわっぱと申します。どうぞ皆様、よろしくお願いいたします。……オォ、どうも、沢山の拍手、有難うございます。……エェー、まぁ、わたくしの名前ェ、こわっぱ、ゆうのんはー、小さい子供や若いのをこう、ののしってェ、ゆうときのコトバなんですな。せやけど、わたくし、今年三十九のおっさんなんでございます。…エー、へへ…。… …あぁ、そうそう、こないだのね、さっきそちらのお父さんが行かはった、一心寺のね、あのー、一心寺シアターゆうんがあるんですわ。一心寺のすぐ隣に。キレイな建物ンなんですけどね、でももう建ってから割りと経つんですけれどもォ、ウチもあすこでね、年に何回か落語会やるんですわ。うん。ほんでその、この前の、そちらのお父さんが行きはった落語会がね、アレ。あれがわたしの初高座やったんですわ。ハイ。ほんでね、そン時ももう、あの、その、まぁゆうたらライブハウスみたいなモンでんなぁ、そないにメチャクチャ広い所やないんですけど、なんやもぅその日ィはお客様がイッッーパイ。…マァ、それは吉弥兄さんが出てたからなんですけどね(笑)ほいでモゥ、そこが、ほんまにえらい人でね。マァ、なんでわたしみたいな新米どころか見習いみたいなもんが、そんなとこに出てたのんかァ言いますとー、これが師匠に言われたからですねん。エェ。そりゃァ、ビックリしましたがな。… ……ウー、おいッ、……ウー、こわっぱッ!…ウー、… ……これ師匠のどもりの真似なんでございます。エー(笑)、……ウー、お、お前、ちょ、ちょっとッ、あの寄席、お前も出てこいッ。ちゅうて言われまして。わたし、エェー!ってなりましたわ、ほんま。なんでて、わたしまだ弟子なりたてでっせ?つい二週間前に弟子なったばっかりですがな。六にネタもないのに、出ろて、そんなムチャな話ありますか?せやけど、師匠が出ろ、ゆうんやから出なしゃあないですがな。わたし今まで、そんな大勢の人の前で一人で喋ったことなんか、なかったんですけどな。せやけどそんなんゆうててもしゃーない。モゥ、腹くくってガーッっと出ましたんや。ほんでもう、前座ですがな、とにかくなんか喋ろう思て、マァ今日みたいに、まず自己紹介から入ったんです。ほんッだらもう、その日ィのお客さんがー、これまた活きがええちゅうかなんちゅうか、えぇ。後から兄さんたちから聞きましたけど、そりゃもう、あの日ィのお客さんはやっぱり大変やったそうですわ。…まずわたしがね、桂こわっぱでございます、桂ざこばの十番目の直弟子ですーちゅうたら、もう、エェ、びっくりしましたがな。そこら中から、コワッパ、コワッパ、ざこばのコワッパかいッ!ざこばのコワッパなんかい!もうそっちからこっちから、あっちから後ろから天井から、大声で呼びかけてくるわくるわ(笑)。エェ。わたし、そうですねん、そうですねん、ゆうて。後から兄さんらに、お前、一人ずつに返事返してたら、そのうち日が暮れてまうがな、ゆうて怒られましたけどな。エェ。てゆうか、ざこばのコワッパ、て…。…あぁそうや、皆さん、ざこば師匠の、ざこば、て名前の意味、知ってはります?マァ年配の方は知ってなはると思いますけど、今日は若い方もチラホラ居てますんで、ちょっと解説しときましょうかね。…… …むかーしに、あの、今の大阪市西区のウツボ公園、ありまっしゃろ。あの、大きーいひろーい公園。ちょうどあの辺ね、昔は雑魚場魚市場ゆうて魚市場でしてん。ウン。今はもうのぅなってきれーいな公園になってますけどな。ハイ。ほんでマァそやから、そうゆう、魚市場のことを、昔はざこば(雑魚場)、ゆうてましたんや。今はもう、そないな言い方せんようになりましたけどな。ちゅうわけで、マァ、ほやから、ゆうたらわたし、雑魚場を走り回るコワッパゆうわけですわ。……三十九のええおっさんですねんけど……。まぁそうゆうわけで、わたしの初舞台はえらい野次、ゆうたら失礼ですな(笑)、エー、壮大なァ、歓声のもとー、行われたわけです。…イヤー、マァ、ええ経験が出来ましたわ。…なんとゆうか、目の前にお客さんをジーッと見据えて、スパーッと喋るゆうのんは、生、言いますかな。こう、お客さんとの空気をじかに感じながらやるゆうのが、こう、なんとも堪りませんなぁ。ほんに気持ちがエエもんです。……エェ、ほんで、マァ今言いました通り、わたしね、まだネタも六にあらへんのです。ほやからゆうたら、皆さんの前でお見せするモンが、まだないんでございます。せやのに今日も高座に上がってて。……皆さんもビックリしましたやろ?だってメクリには、前座の桂とま都と書かかれてんのに、楽しみに待ってたら、こんなゴリラみたいなんが出てきて。えぇ。きゅうり待ってたら、ゴリラが出てきた、ちゅうて。えぇ。ネェ。ホンマやったらきゅうりみたいな細長い顔した、とま都兄さんが出てくるハズやったのにねェ。エー、へへ……。………へ?…… …いやいや、ソリャア、いくらとま都兄さんが若ぉて、わたしがおっさんやかて、芸暦は向こうの方が遥かに長いんでっさかい、兄さんは兄さんですがな。…………いやいや、……なんもおかしいことおまへんがな(笑)。せやけど、ゆうてもわたし若手やァゆうことでね、とま都兄さんにはえらいようしてもろうてます。もうすぐ、とま都兄さんも名前が変わりますのんでね、今丁度一緒に、自分らの名前のくすぐり色々考えてますねん(笑)まぁ、今はまだ内緒やから、ゆわれへんのですけどね。…とま都兄さんも、これからトマトネタ使われへんゆうて、えらい嘆いてましたわ(笑)えぇ。そやからマァ、出来上がるまで楽しみに待っとってください。……いやいや、マァ、そんな話しよりも、あのね、今日、なんでわたしがこうやって出てきてるんやと思います?、皆さん。ねぇ。前座が、とま都兄さんやのぅて、わたしが出てくるやなんて。おかしいでっしゃろ。えぇ。…………あのね、これ、ウソみたいな話なんですけどね。ぜーいん、…… …えぇでっか、皆さん、全員でっせ。ぜーいん今日、皆遅刻でんねん。…… …(笑)イヤイヤイヤイヤ、これホンマですねんて(笑)ほんま。今日出る落語家、皆遅刻しましたんや。前座からトリまで。… ……いやいや、これほんまですねんて。せやから、わたしみたいな前座でもない下っ端が高座に上がらせてもうてますのやがな。えぇ。いやいや、もうすぐ皆着くと思いますねんけどな。そやから、ほかに誰も居てェしまへねん。ねぇ。ほんま、ビックリしますがな。えぇ。今日ざこば師匠がね、今朝からテレビの仕事してましてね、ほんでわたしがついていってたんですけど、ほしたら、こっちに寄席から電話がありましてね、今日皆遅れてるんですぅー、ゆうて、泣きの電話がかかってきましたんですがな。えぇ。わたしもえらい焦りましてね、ほんで、師匠どないしましょう!ちうたら、師匠がね、……ウー、ウー、ウー、………… ……もう真似に入ってるンでございます……。…ウー、ウー、ウー、オイこわっぱ、ワレさっさと行かんかイッ!!……… ……もう鶴の一声ですわ。ほんッでわたし、師匠置いといて、一人で関西テレビから先にビューンッ!……… …………、………そういうわけでェ、わたしが今日高座上がってるーゆうんは、……ドーラク亭のォ、総意なんでございます。…とゆうか、苦肉の策なんでございます。エー、へへ。ホンマに。そやからね、わたしこれでも初高座の時より、よっぽど緊張してまんねんで。…してますがなー(笑)いやいや、ほれ、こう、汗粒がキラーっとしてまっしゃろ。… …いや、ホラ、ここここ。ここの、でぼちんのハゲ上がってる辺り…… ……どうです?見えまっしゃろ?…見えまへんの?…… ……どうやら心の醜い人には見えへんみたいです…。…エー、へへ(笑)、そうゆうわけでね、あれですわ。つまりわたし、ネタもないのに高座に上がるという、ゆうたら噺家にとっては自殺行為みたいなことをやってるんでしてェ…。ねぇ。ほんま、新人にムチャさしよんで………。まぁそうゆうわけでェ、とりあえずは、今日やる噺家の皆が到着するまで、なんとかわたしが繋いどこうと思てる分けで御座います。……オー、拍手のほう、どうも有り難うございます…。……ほんに、今日のお客さんは暖かくて有り難いですなァ。一心寺のときなんかもう、なんちゅうか、喧嘩っちゅうか、ものすごい熱気でしたからなァ。マァそれもそれでやりがいちゅうんがあるんですけれども。えー、寄席をやるにしても、落語するところによって、その場の雰囲気、ゆうんが違うんでございますな。…このドーラク亭はエェとこですがな。えぇ。何がええちゅうて。ねぇ。当日でも楽に入れるッ!あの超有名落語家の桂ざこばが出てるゆうのにィ、満杯ならんと実に快適にゆっくり楽しめるッ!………とか、ゆうて(笑)エェ。…まぁそればっかりやのぅてー。ねぇ。雰囲気がええですがな。えぇ。皆さんちょっと、耳すましてみなはれ。… …窓の外から楽しそうな喧噪が聞こえますがな。エェ。地下鉄がすぐそこにあるさかい、今時分はそこから、動物園行く人やら、通天閣見物しに来る人やら。ワイワイワイワイゆうてるのんが、よぅ聞こえてきます。… …昔はねぇ、ちょっと道歩いてたら、すぐ近所で寄席がやってた。近所のお店の部屋借りたりしてね。ほんで、町の雑踏をこぅ、ゆうたらビージーエムにしましてね。ほんで、落語しよったんです。道の外からも、こう、ムリヤリ背伸びしたりして、タダで見る人もギョーサンおったりね。それもまた愛嬌ですがな。せやけどもう、時代が変わってきて、法律がどやこや、道路整備がどやこやゆうようになってきて、今はもうそんなとこ、ないですがな。落語見に行くゆうても、チャーントした、かしこまった劇場で見るぅゆうね。いやいや、別に繁盛亭の悪口ゆうてる分けやおまへんで(笑)。マァ、これも時代の流れ言いまんのかいなァ、昔の人と今の人とでは、落語の見方がちゃうんですな。せやけど、このドーラク亭はちゃいますがな。昔ながらの、ほんまに気楽に見られる寄席、ゆうね。町の喧噪の中にごちゃごちゃに紛れて、マァゆうたら、お祭りの屋台のお化け屋敷とか、輪投げとか、そうゆうのの一つみたいな感じがするんですわ。うん。ほやからその陽気な感じ、ゆうんかな。昔ながらの見世物小屋みたいな、そうゆう雰囲気がここにおる皆さんにも乗り移ってルンやと思います。ホラ、ちょっとお互いの顔見てみたら分かりまっせ。皆さん幸せそうな、お多福さんみたいなヤサシイ顔してますがな。ねぇ。マァー、そっちのお母さんは、ほんまにお多福さんみたいな顔してなはるけど(笑)ふふふ。え?あ、ハイハイ。分かりました。エー、今もう、とま都兄さんが到着したみたいで。ほな、そろそろ、新人のおっさんは裏に引っ込もうと思います(笑)エー、…どうも皆様、わたくしのつたない喋りにお付き合い下さいまして、どうも有難う御座います。 これからは、ワタシみたいなニセモンやのぅてー(笑)、ちゃんッとした落語家が出てきますんで、ご安心下さいませ。… …エー、それでは、お待たせ致しまして。…只今から、ドーラク亭寄席、開演で御座います。

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