難題

文字数 6,807文字

 世界防衛研究所のピリポ博士は頭を抱えていた。
 眼の前には大量の膨大な資料、つまり1号機から5号機までの設計図から始まり、各部の詳細な部品資料や工程表、合体機構における細部のアプローチや正直

のではないかとの声も上がったほどの入念なデモンストレーションを経て、つい一年程前にロールアウトを迎えた本機についての資料がピリポ博士、つまり統合技術本部長ピリピア・ピリポ博士の決して狭くはない机の上に隅から零れ落ちそうなほど広がっていた。
 ピリポ博士の頭をそれほどまでに悩ませる本機、つまりガイスターXX(ダブルエックス)は、地球の平和を守る為、世界防衛研究所一丸となって生み出された傑作機であった。
 1年ほど前から突如として始まった宇宙からの大侵略、惑星フルララーの地球乗っ取り計画大宣言以来、地球には幾度となくフルララー怪獣が派遣され世界各地で暴虐の限りを尽くした。彼らの言い分では、まず世界を綺麗に掃除した後に改めて区画整備を行い、それから我々の住みよいように色々作り直しますね、等と丁寧な口調で冷酷残忍な内容をつらつらと(まく)し立てる融資を申し立てた際の銀行員のような口調で地球に宣戦布告したのであった。
 それについて、そんな残酷な事許されん、と物申したのは世界連合軍総長のポリポリポ・ピリポ、こちらはピリポ博士の叔父にあたる男であるが、その人がフルララーの言い分に正直めちゃめちゃ怒った為、周りの部下の人間は、この人ええ人やけど怒ったら周りの人間に八つ当たりするから俺等困るねんなぁ、とものすごく焦った事もあり、研究所は早々も早々に防衛計画の策定を開始し、それこそもう周りの省庁が、え、ちょ、世界防衛研究所さん、めちゃめちゃ今回の段取りやばないすか?とびっくりするくらいの速さでもってガイスターXX開発計画が始まった。世間で物事が早まるのは大体においてこのような事情である。にも関わらず、ガイスターXXは近年稀にみる傑作の出来となったのはやはりピリポ博士率いる開発陣が優秀すぎたのと、何より彼らには世界を救うという使命があった。なので限られた時間の中で最高スペックを叩きだす為、最近流行りのAIちう奴と二人三脚の心遣いでもって頑張って作り奉らんった訳であった。
 そうやって出来上がったガイスターXXは1号機から5号機のスーパーマシーンが強烈に合体超絶巨大ロボットガイスターXXとなるのである。1号機から3号機まではジェットロケット、4号機は新幹線、5号機は車であった。その5機のマシンにのるパイロットたちが、声を合わせ一挙にトランスフォーメイションスイッチをぽちっとなと押すと、光が放たれながらぐわんぐわんとなりいずれ合体する。いずれにせよ合体するのである。
 1年前にフラフラ―が地球侵略を開始して、その3日後にはロボット開発スタート、ロールアウトが1ヶ月後っていうんだから、省庁がびっくりするのも仕方がない。何せ、ピリポ博士含め優秀開発陣たちも其の時の事を振り返るにあたり、いやまじ信じらんない、と口々に云い、それは何故かというと我々の知性がガシっとこうイイ感じに組みあがった感じがあるんです。という事だった。またある奴は、キングクリムゾンのロバートフィリップの言葉を借り、あの頃は確かに扉が開いていたんだよ、と云った。
 この一年間で惑星ラフララー怪獣は3度の地球侵略を行っていた。4か月に一回というよく分からないスパンは、忘れた頃に襲ってくる、或いは復興再建をしていた矢先に襲ってくるというところで、地球国民からも大層不平不満の声が出てきており、そういう空気の読めなさ具合からも惑星ラフランスは不評であった。
 3度の怪獣の襲来に対し、ガイスターXXは巨大ロボットとしてしっかりと責務を果たしていたのである。つまり、お得意の必殺技、身体を高速回転させるハイパードレクスラーロケットで並みいる怪獣共のお腹に風穴を開けやがて爆散させていたのである。3戦3勝0敗である。
「なんでやろなぁ。」
 ここで最初のピリポ博士の悩みに立ち返るのである。
 現在、ガイスターXXはかなりいい感じに敵を撃破している。そして、マシンの性能、チューニング、兵站や関係各所との連携等、全ては順調に進んでいる。かつ、惑星ラフララーの調査も当時進行で進めておりだんだんと成果も達成しているのであった。そう云うワケで、今現在ピリポ博士が抱えている目下の悩み、これについては実は急務であるものでは無い。しかし、これについて無視できないのも事実なのである。世界を救うという点では急務ではないが、しかし無視できない問題。それはガイスターXXの見た目についてであった。
 地球ロボガイスターXXは1号機から5号機のスーパーマシンが「レッツスーパースイッチオン」の掛け声で合体する。まず初めに1号機から3号機のジェットロケットが空中できりもみ状に旋回を始め、半ば曲芸のようにミルフィーユの如く混ざり合い合体する。それからその三機がそのまま地上を走る4号機(新幹線)と5号機(車)が並走している所にぶつかるように合体すると、合体のプラズマ波と砂煙によって一瞬その姿が見えなくなる。そして、その煙幕が徐々に薄くなっていく事で、そのガイスターXXの身体が徐々に浮き上がってくるのである。まぁ、ここまでは良かった。ピリポ博士が立ち向かっている問題はつまりここ、すなわち合体ロボとなったガイスターXXのその姿なのであった。
 煙幕から徐々に立ち現れてくるガイスターXX。まず最初にその姿を今か今かと見ていた国民たちは、その巨大ロボの姿に大いに沸いていた。テレビの生中継やネットのニコニコ生動画等でも中継する程の注目っぷりであった。だが、ピリポ博士を含め有能開発陣たちはあまりその状況を快く思っていなかったのである。彼らは既にプレで知っていたからだった。
 煙幕から立ち現れたガイスターXX。その直立した堂々たる意匠がはっきりとなるにつれ現れたその姿は、禿げ面のブリーフ一丁のおっさんだった。つまり巨大な人間のおっさんが現れたのである。
 其の時、おそらく全世界のお茶の間の国民が総出でずっこけた。その瞬間から数多のスクリーンショットが電脳掲示板等にべたべたとアップされ、SNSでは大笑いに炎上にと、いずれにせよ全世界は揺れに揺れた。一体なぜ五つの高性能機が合体してブリーフ一丁のおっさんになるのか。その疑問について数多の考察サイトがネット上に溢れたが、ピリポ博士から言わせると聞きたいのはこちらである、と物申したかった。
 兎に角、世間は最初のガイスターXXの姿を見て大いに沸き、かつフラフラ―怪獣との闘いにおいては、こちらはピリポ博士率いる有能開発陣の力の賜物でありなんなく撃破した事もあり事なきを得た。だが、その事で世間は件の事象について危機感を無くしつつあった。そして、その原因が少なからずガイスターXXの見た目、すなわちブリーフ一丁のおっさんというところにもあると考えていたのである。
 ピリポ博士はIQが500だが、その脳みそで考えても5機のスーパーマシンが合体してブリーフ一丁のおっさんになる事の原因を突き止めることができなかった。
 ピリポ博士はまず最初に様々な機構や部品の所を洗い出しなおした。しかし、その全ての工程において不備はなく確実に計算されつくしたそれこそ有能開発陣の努力の結晶ともいうべき英知の極み、黄金律の美しさを兼ね備えた優美な設計そのものであった。つまり、ここに何らのミスも見当たらなかったのである。そもそも、鉄と合金で組み合わされたものから、あの生々しい五十代くらいの肌質感を伴った禿げたおじさんが、しかもブリーフ一丁で立ち現れるというその科学構造そのものが説明がつかなかったのだ。
 だいたい一年を経過した今では、実はこのガイスターXXの容姿の御掛けでそれなりに経済が潤っているという所もあったようである。つまり様々な関連商品が発売され、ああいう見た目であってもそれなりに地球を守ってくれているというところが一応評価されていた。また、最近水面下で流行っているように、枯れた系男子を尊ぶという謎な女性たちの間でガイスターXXの熱烈なフアンクラブが出来上がったりしており、その中ではガイスターXX系男子を見つけろといった動きもあり、その中で今までは世間の日の眼を見ることもなかった窓際系男子が日の目を浴びる事となり、50代のおっさん等が遅めの二度目の青春が発生しているのだった。また、禿げに対する世間の評価が何故かここに来て上がっているところもあり、今まで若禿げ男子が合コンの際、帽子を被ったまま合コンに参加し、途中辺りまでそのままでやっと場が慣れてきた頃合いに帽子を脱ぐいうそういう悲しき努力があるにはあったが、こちらについてもそれらの謎系女子の町おこし的な持ちあげの結果、世間的認知があがり若禿げ男子が合コンについたところで帽子を脱ぐとガイスターXXじゃん、といった風に綺麗な女子に一発かますことができ、そういう女子もガイスターXXで禿げにも少なからず耐性ができており、またガイスターXXよりも若いというところもあってちょっと良く見える、そういう所で見た目的な所はクリアーでき後は中身で勝負できるという、世間の営みにも少なからず恩恵をもたらしているというところがあった。
 だがピリポ博士はそういう巷の騒ぎ等露知らず、やはり合体ロボがブリーフ一丁の禿げのおっさんという所は中々如何なぁと思っていたのである。つまり平たく言うと恰好が悪い。世界防衛研究所的にいうと体裁が悪い。やっぱり高性能ロボというからには見た目にも品位というものが少なからずあってほしい、と思うのは思い上がりが過ぎるのだろうか?と考えもしたが、有能な開発陣に相談してもやっぱり彼らもブリーフ一丁のおっさんでは無い方が良いですという返事であり、自身と同様の価値観であるのには間違いなかったのであるが、実は彼らは皆幼少の頃からロボットアニメで育った世代だったので、ここにある種のアニメ趣味という連中が集まっているという所も無視できないでいた。世間はおっさんを受け入れつつあった。ていうか、もうガイスターXXはおっさんであった。
 そんな或る日、ピリポ博士はその日、初めてパイロットたちの週に一度のテスト運用に同行した。ここではメンテナンスという事でガイスターXXへの合体練習が行われているのである。
 ピリポ博士は何度かパイロットたちと面会をしていたのであるが、合体練習に立ち会うのは初めてだった。
「今日は、お忙しい中このような機会に立ち会わせていただき有難うございまっした。よろしくお願いいたします」
 そういって顔を上げたとき、パイロット五人の顔が目に入ったのであるが、その中で一人のパイロットに眼が入った。それは5号機(車)のパイロット、ロンドン宮・潤だった。
「… …ロンドン宮… …君?」
 ロンドン宮は霧の町出身の帰国子女であった。イケメンの20代のフレッシュな男の子だったはずであるが、目の前にいるのはどう見ても、30代後半の陰りのある男だった。どうみてもあのロンドン宮君ではない。
「はみ。僕はロンドン宮でつが、何か。」
「……… …」
 しかも、活舌が異常に悪い。これは何かおかしいと思い、ピリポ博士は1号機のパイロット、つまりガイスター部隊、女性キャップテンの菜の花に小声で聞いた。
「菜の花君… …、彼は本当にロンドン宮君なのかい?僕にはどうにも彼が別人のような気がするのだが… …」
 その言葉をきいて菜の花ははっとした表情をした。
「実は… ……私もそういう気がしていたのです… …。でも、あんまりそういう事も大声をあげて云いにくい世の中ですし… …。ダイバーシティも叫ばれている昨今、あまり強くも言うワケにもいかず、まぁそれは平たく言えば自身の地位が危ぶまれるのは困る、つまり、一応私たちも国家公務員の端くれでありますし、争いごとは避けたいと、そのような事を我々、つまり1号機から3号機の者と話をしておりまして… …。いえ、すみません。これはやはりどうしても、合体過程の中で発生する派閥とでも云いますか……、やはりジェットロケットで連携を図る3機については日頃からの交流も密にならざるを得ないものでして、自然に仲が良くなってしまうのです。ですので、その連携から比べると、4号機のコレミヨガシ翔と5号機のロンドン宮・潤とは正直あまり仲良しではないのです。なので、正直のところを申しますと、彼が何者かどうか詳しく知らないのです。」
 なんてこったとピリポ博士は思った。パイロット間での断絶が此処に起こっていたのである。そして、それに対してキャプテンである菜の花は何の手立ても打っていなかった。2号機のお調子者、紅・仁(くれない・じん)と3号機の来栖マイクは菜の花にゾッコンなので傀儡のようであった。では、4号機のコレミヨガシ翔は如何だろうか。
「関係ないし」
 4号機のパイロットは関係ないようだった。つまり、誰も5号機(車)パイロットのロンドン宮・潤の異変に気が付いていない。ピリポ博士は少し広くなった額にたらりと冷や汗を流していた。では、このロンドン宮君に偽装したこの男は何者か。
「… ……ロンドン宮君…… …」
「はみ。」
「…… …君は…… …本当はロンドン宮君ではないね?ロンドン宮君は、20代の帰国子女でイケメンだ。だが。君はどうみても30代の陰りのある中年男に見える。」
「え?!… ……そ、そんにゃ。違いまつよ… …僕はロンドン宮でつ。本当でつ!信じてくだたい」
「悪霊退散!!」
 ピリポ博士は、腰から取り出した悪霊退散と書いたお札が山ほどひっついた退魔棒を偽ロンドン宮にかざした。これはピリポ博士が日頃からもっているキリスト教ゆかりの品である。
 それをかざされた偽ロンドン宮は、恐ろしい悲鳴をあげて苦しみだした。
「ぎゃあ」
「さあ!オヌシは一体何者であるのか?!」
「… …くうぅうううう」
 身体からやけに白い煙をもうもうとあげながら、偽ロンドン宮は苦し気に両足をつき始めた。
「いつからこのパイロットに紛れ込んでいる。オヌシはなんだ?!悪魔か?!」
 その問いに関して、偽ロンドン宮は答えた。息が苦しそうであった。
「……そうだ… ……私はルシファー。悪魔の王だ。… ……私は、ロボットに乗りたかった」
「何?」
「…… …私も、ロボットアニメに魅せられた世代なのだ…… …。だから、ロンドン宮君を夜間、帰り道で撲殺し、代わりに私が乗った… …。だから一番最初、ピリポ博士と最初の面会のみがロンドン宮君で、その後はずっとこの私、ルシファーが5号機(車)に乗っている。パイロット間のコミュニケーションは希薄なのが功を奏した……」
「… …貴様、ずっと我々をだましていたのだな。」
「だましてはいない。ただ、私も地球がなくなってもらっては困るのでね……。だから微力ながら力を貸していたというわけさ。」
「そうか。では仕方ない。よかろう。」
 そういう訳で、ロンドン宮・潤の代わりにルシファーが5号機(車)に乗る事を許可したピリポ博士は、試しにルシファーの運転がどんなもんか見たくなったので同乗をお願いするとルシファーは快くOKをしてくれたが同衾はダメよという事だったので、その点に関してはピリポ博士も同じ気持ちだった。
「よっしゃ、飛ばしまっせ!」
 ルシファーは景気漬けとばかりに5号機(車)をすっとばし気合が乗っていた。それからいよいよ変形合体という所になって、スーパースイッチのカバーを開けた。
「よっしゃ。それから、この秘密の粉をいれまっせ!!」
 ルシファーは懐の内ポケットから謎の白い粉を出して蓋を開けると、一つまみ取り出した。それを隣で見ていたピリポ博士は不図その粉について確認した。
「ルシファー君、その粉は一体なんなのだい?」
「あぁ、博士。此れは、マシンの性能を更にアップさせる魔界の粉ちう奴ですわ。これで惑星ルルララーの阿呆共なんか、一撃でけちょんけちょんにしてやります。まかしといてください。まぁ、ちょっと副作用で、ガイスターの見た目がおっさんになってまうんが玉に瑕ですが」
 ルシファーはそういうと片目をつぶりながら舌をぺろっと出した。ピリポ博士はその顔を見て明確な殺意を覚えた。人間が堕天使の首に輪を作った。それから変形したガイスターXXは初めて合体ロボットとしての見た目を初お披露目する事が出来た。これで我々の思いが成し遂げられるだろう。世間はこの輝かしいロボットを受け入れてくれるだろう。そう思いながらピリポ博士はコクピットから見える青く広い空に思いを馳せていた。悪魔の血に濡れた両手で零れてくる涙をこれでもかと拭いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み