卒業式

文字数 2,256文字

 (旅立ちの日)






「…… … ……朝尾、伸介」
「はい!」
「…… …… …… ……… …… …はい。よく頑張ったな、おめでとう」
「…… …… …… … …」






「…… … … ……井上、昭雄」
「はい」
「…… …… … …… …… …… はい、よく頑張ったな。おめでとう」
「……… … ……  … …」






「……… … …… …大田、健二」
「はい!」
「…… … …… … …… … ……はい。よく頑張ったな。おめでとう」
「………… …… …… … ……」






 (証書を受け取り、ゆっくりとまわれ右。階段を一つづつ踏みしめるように降りていく生徒たち。)






「……… ……片岡、浩太」
「………はい」
「……… … ………… … … ……。はい。頑張ったな、おめでとう」
「…… … … ……… ……」






「……… … …… ……片山、望」
「はい!」
「…… …… ……  … …………はい。三年間よく頑張りました。おめでとう」
「ありがとうございます(小声で)……… … … … ……」






「……… …………金村、博」
「はい」
「…… ……… ……  …… ……はい。よく頑張ったな、おめでとう」
「…………… …… …」






「……… … …… ……川中島、スコーピオン」
「… …… …… …… ………シャキン(ハサミで返事)…… ……」
「…… … …… …… …… …… はい。…… … ……。三年間、よく、頑張ったな。おめでとう」
「…… …… …… ……シャキン(ハサミで返事)…… …… … 」












 (卒業式は終始穏やかに過ぎて行く。男子の次に女子への授与が行われる。女子の席からは常にすすり泣く声)












 (春。外はすでに次の季節の気配。クラシックがかすかに響く室内)












 (式後、そろそろお別れの時間。しばしグラウンドでは、そこかしこで旅立ちを労う声、男子の胴上げ、女子の涙の合唱、)














 (そのころ、校舎裏で)














「川中島君!」












 (女生徒が川中島を呼び止める)












「…… …… ……」
「…… … … ……川中島君… ……」
「…… …… …… …」
「……あたし……… … … …… ……」










 (風が少し吹く。雲一つない空は透きとおるように青い)










「…… … ………」
「…… ……… ……… ……(川中島、草むらのほうへ隠れようと歩きだす)」
「… …… …… ………… 川中島君!ちょっと待って!」
「…… …… ……… ……(小さな石に引っかかり足が浮いてしまって動けなくなる)」
「川中島君……… …」
「………モゾモゾ…」
「…… … …… … あ、あたし!」
「…… ……  …… …… …… … …」
「…… …… …… ……」
「…… … … ……  ………」
「………あたし! ……川中島君のことが…… …… …… ……川中島君のことが…、……好きです!」
「… …… … …… …… ……モゾモゾ… …」
「だから、私と付き合ってもらえませんか!?」
「…… …… …… ……………… …… …」
「… …… …… ……  …… …………… ……… … ……」
「………… …………… ………… …………」
「…………………」
「…… …… …… …… ………… ……………… …モゾ… …… …」
「………………… …… …… …………………… そうですか………」
「……… ………………… …………………モゾモゾ… ……」
「……… ……………… ……… ……………」
「…… ……… …モゾモゾ………… ………… ………(石の引っかかりがとれて歩行可能になり、また草むらへ向かって歩きはじめる)」
「………… …… …… ……………」
「…… … ……モゾモゾ … ………… ………」
「…… ………… …………… ……… ………………  ……」
「…モゾモゾ……………モゾモゾ … ……」
「… ………あ……、 ……… ……… …あの、じゃあ…、…………」
「………… …………」
「じゃあ、……、第二ボタン!………川中島君の第二ボタンあたしに下さい!」
「…… ……… ………… ……… …………… ………モゾモゾ …… …」










 (女生徒は少し戸惑い、躊躇の表情を浮かべたあと、決心の面持ち。草むらに隠れようとする川中島を拾い上げ、第二ボタンを取ろうとする―――その刹那 )










「 ――痛ッ! 」

 女生徒の首筋に突然激痛が走った!
 それは川中島の尻尾による毒針のせいだった!
 川中島はまがりなりにもサソリの一種である!
 川中島の親は川中島に一般の子供と同様の教育を施そうと川中島を公立の普通高校へ入れた!
 しかし川中島はまがりなりにもサソリの一種である!
 川中島は生来持っている昆虫の防御本能を持ってして己に害を及ぼす可能性を排除した!
 それは昆虫の自己保存的行動だった!
 川中島はイエローファットテールスコーピオン種のサソリである!
 川中島の猛毒は人間をも殺めてしまうほどである!
 女生徒はその恋慕ゆえにググっていたためイエローファットテール種の猛毒については把握済みである!
 それゆえ女生徒の顔面からは血の気がどんどん引いてゆく!
 校舎裏には只二人以外誰もいない!
 女生徒の悲鳴は平穏な校舎と卒業式の感傷のすべてを引き裂いた!
 女生徒を放置しておけば彼女はこのまま可憐に死んでゆく!
 それは川中島の尻尾による毒針のせいだ!
 なぜなら川中島はサソリの一種だからである!
 なぜなら川中島はまがりなりにもサソリの一種だからである!




                                 初出:2008.12.4
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み