ならない系

文字数 8,271文字

「せんぱーい。その見積書、先にお願いします」
「おいよ」
 日々、仕事に追われる毎日である。
 とりあえず、なんとか縋る思いで入社できた会社に、引き続き縋る思いでもって縋りついていること早十年。例えこの会社のサビ残がはんぱないだろうとも、客の粘着質なクレームに忙殺されようとも、俺はこの会社をやめる気持ちは今のところまったくないのである。
 そんな所謂、典型的な社畜の俺に、木曜、つまり昨日の深夜、実は、摩訶不思議なことがあった。
 昨日はなんとか二十一時には仕事を終えて、同僚と会社の近所の居酒屋で飲んだのである。
 最近は特に忙しく、中々酒を飲む機会がとれなかった為、皆大いにハメを外した。宴の席は盛り上がり、その時は俺ももれなく酩酊社員の一員だったのであり、新橋のサラリーマンの連れ子と化していた。そんな状態で酒臭い最終電車に駆け足で乗り込んだのである。
 電車というものは、まったくもって残念なことに自身のごく最寄りまでは送り届けてくれるものの、それ以降は個人に徒歩を強いる。それは酩酊していようが免除されない。俺もその自然の摂理に従って、女子が一人で歩くと危険そうな街灯がぽつんぽつんとしている薄ら暗い道を歩く。
 酒を飲んだときは如何に幅の広い直線的な道であろうとも油断してはならない。これは酩酊時の鉄則とも云える。その昔、これは俺のかつての同僚であるが、彼は酩酊したまま自転車走行するという愚行を犯した。果たしてその愚行の末路は如何なるものかというと、彼は道端の側溝に前車輪から突っ込み、脇の花壇に顔面から突っ込んだである。結果は、前歯をもれなくへし折るという何とも痛ましい事態に見舞われた。金策が追い付かないらしく今でもヤツは仮歯とのことです。
 こんな酔った時の模範ケースのような事故事例を俺はしかも身内の事故という自分事と違わないリアリティでもって実感していたのである。にも関わらず、ここが人類というものの愛すべき愚かさと云おうか、俺はすっかり酩酊しちまっていて、そんな事も頭からふっとんでしまっていたのである。この最終電車からの帰宅時の際には。
 で、そういう男が千鳥足でもって、幅広な道路をちろちろと歩くものだから、本来であればありえないような道端にある側溝でさえも、今夜はうつろな牙を剥いていたのである。そういえば今宵は満月であった。
 つまり、俺は件の同僚と同じく、側溝に足をとられ顔面から真っ暗な溝の中へ突っ込んでいった。つまり、事故事例である。一つ間違えば死亡事故かもしれないのである。他殺はありえない。
 そういった俺が一体どうなったのか。どうなったのかと云えば、俺はこんな状況であるにも関わらず、酔っ払っていた。酔っぱらって前後左右、四方八方真っ暗闇の中で変形胡坐で座り込んでいた。口からは涎が零れていたのである。意識も朦朧としていた。自分で思い出していても腹が立つが、こいつはまったくもって阿呆である。
 そんな俺を、何か呼ぶ声がした。
「… ……おい。… …おい。起きろ」
「… ……へ、へっ」
 暗闇で唐突に眼が覚めて、鼻提灯がぱちんとなった。だが、周りを見渡しても誰もいない。
「な、なに」
「… ……。やっと起きたか」
「だ、誰だ!」
 俺は誰だ!と云った後に、自分が誰だ!と云ったその言い方がヒーローが怪人に云うような感じになったものだから、何いちびってんねん、と自分突っ込みをしてしまい、ぐふっと笑ってしまった。
「何をわろうておる。」
「あんたは誰だ」
 とは云え、この頭の上から聞こえる謎の声の正体は依然不明である。この、おそらくじじいであろう声の主は何者なのだろうか。変態だろうか。そういうことを思いながら、ちょっと怖い気持ちということで探り探りしていこうと心に決めていた。
「…わしはのう。… …マァ、なんじゃろうかの。マァ、オヌシ等の世界で云う所の、所謂、神、というやつじゃ」
「神ィ?」
「おいよ」
「か、神様が、いってー俺になんのようだい」
 俺は鼻を親指ではねつけながら、その神とやらに対抗する。酔っぱらっているのである。
「そうじゃのう。オヌシ、見たところ、酷く酔っぱらっておるようじゃの。」
「酔ってわるいかい」
「いや、悪かない。ただし、オヌシ。今の自分の状況が、まったく分かっておらぬようじゃの」
「おいらの状況?おいらの状況なんて。ほら、今のおいらは、そうだ。前後不覚な真っ暗闇の中に一人放置されながら、どこの誰とも分からん自称神とかいう変態野郎に尋問を受けてるって状況だよ」
 俺は酔っぱらってしまっているから、勢いだけは誰よりもあった。そして、今思えば自殺行為なんだろうけれども、その勢いでもって神に話しかけていたのである。それでも神というものは俺に粘り強く話しかけてくれる。
「… ……。こほん。では、オヌシも現状が分からぬというようだから、今の状況をワシの口から説明するぞよ」
「おう。遠慮せずやってくれい」
「………。… ……こほん。では、説明する。多少、ショックであるかもしれぬが、心して聞いてくれ」
「おう」
「オヌシはつい先ほど、」
「おう。つい先ほど」
「最終電車から降りて、歩いて帰る際、」
「おう。歩いて帰る際な」
「酔って足取りも悪く… …」
「おう。足取りも悪くときたぁ」
「側溝に足を踏み外し、頭を打って死亡したのじゃ」
「おう。足を踏み外し、頭を打って死亡したんやね。」
「以上」
「以上!くぅー。て、ええっ!」
 俺はびっくり仰天して頭をにょーんと思わず伸ばしてしまった。どちらの方向にこの気持ちをぶつけて良いのか分からず、とりあえず前方斜め前方向に、にょーんと伸ばしてしまったのである。
「そ、そんなバカなことがありますかい!」
 俺は神のご報告に抗議のような声をあげる。後から考えてみれば、事実に抗議の声を上げてもしかたないのに。事実は揺るがず神の気持ちも揺るがない。
「いや、これは本当のことなんじゃよ。オヌシは死んじまったんじゃ。オヌシは死んじまった。… …… …オヌシは死んじまっただ。」
「… ……」
「すまぬ」
「いや、大丈夫。しかし、まさか、俺が、そんなしょうもない死に方をしてしまうだなんて」
 俺はあまりの事態に眼の前が真っ暗になった。前後左右四方八方真っ暗だったから、俺の眼の前まで真っ暗になっちまったら、世界は真っ黒に塗りつぶされてしまう。それほどに俺の心は絶大なるショックを受けてしまっていたのである。だが、だとしたら、この神のおっさんは、なぜにそんなことを俺にお伝えしてくれているのか。神の親切心か。まさか、これが世にいう死神というヤツだろうか。俺は思いついて、更に身震いがした。
「お、俺は、生前、そんなに悪いことはしてはいません!どうか地獄にだけは連れてかないでくだたい!」
「何を云うておる。地獄とかなんの話をしておるんじゃ」
「え?あなたは死神じゃあないんですか?」
「死神ではない」
「じゃ、じゃあ、なぜ僕の元に、わざわざ現れて、僕の死の宣告など… ……」
 云うと、神は突然気が付いたように笑い始めた。
「ほっほっほ。あぁ。なるほどな。死刑宣告をしたようなものと勘違いしたか。確かに、そのようにもとれるな。ほっほっほ。」
「…… ……」
「いや、申し訳ない。あまりに突飛な発想で、腹がよじれたわい。流石、この世界の人間はユーモアーに溢れておる。」
「この、世界?」
「ワシが、オヌシにこうやって話ているのは、死刑宣告なぞではない。」
「じゃあ、一体… …」
「マァ、結果的に死刑宣告のようになってしまったことには違いないが、どちらかと云うと、宝くじと云った方が、正しいかもしれぬな。」
「宝くじ?」
 俺はもう、何がなんだかというような感じで、頭の上にはもやもやと雲のようなクエスチョンマークがいっぱい浮かんでいた。
「それでは、なぜワシがオヌシの前に現れたのか。その理由をこれから発表します。… …どろどろどろ… ………」
「… ……どきどき… ……」
「どろどろ… …………」
「… ………… …」
「どろどろどろ… …………」
「………… ……」
「どろどろどろ… ……… ……………」
「…… …… …… …………」
「どろどろ… ……… ……… ………」
「… ………… ふぁあーあ(欠伸)」
「じゃん!!!!」
「ヒィ!!…めちゃびっくりしたあ」
「オヌシはこのたび、ワシの治める異世界を救う救世主に、なんと選ばれました!!!!」
 ちゃちゃーっ、という効果音が真っ暗闇の前後左右からサラウンドに流れた。俺はまったくもって事態が飲み込めない。
「は?」
「え?」
 事態が飲み込めていないのである。酔ってるのもあって。
「… …… …」
「……あ。… ……えー。…え?もしかして、聞こえなかった?」
「…… …… ……」
「… ……。あ、… ……。そっか。… …えーっと、じゃあ、もっかい発表するね」
 ちゃちゃー
「あ、間違えて効果音のとこ押してもた」
「いや、効果音はどうでも良いから」
「すまぬ。」
「いや、ちゃんと聞こえてるけど。云ってる意味が分からない」
 俺は酔った頭でなんとか神の云っていることを考える。
「そうか。伝わっておるのなら良い。つまりじゃ。ワシが云ったことまんまじゃ。オヌシが、ワシの世界を救う救世主に選ばれたのじゃ」
「なんでなん」
「抽選じゃ」
「抽選かい」
「そうじゃ。マァ、そういうことが定期的に行われておるんじゃ。言い伝えによるとじゃ、こほん。『世界が大いなる暗闇に包まれ、未曾有の災厄に見舞われるとき、抽選で勇者が現れるであろう… …』」
「なめてんのか」
「なめてはおらん。ワシは至って本気じゃ」
「誰が世界を救うんぞ」
「オヌシじゃ」
「… ……は?…… なんでそんなことになる?俺は只の、この世界では名も無き税金を納めるしがないサラリーマンだよ。なんで俺が世界を救うなんて話になるの」
「だからゆうておろう。抽選じゃと」
「抽選はもう良いって。」
「安心しろい。ワシもこれまで、何度もオヌシのような異世界人を勇者にしておる。だもんで、今のオヌシの心配毎も、手に取るように分かるんじゃ。つまり、こういうことじゃろう?何の力も持っていない自分なんかが、世界なんて救えるわけがないと」
 自称神(この時点でもまだ尚、俺はこいつの事を神だなんて信じていない)が滾々と、俺を諭すように話を続ける。俺は自然に腕組みをしていた。つまり、脊髄反射的防御態勢をとってしまっていたのである。
「… ……… ……」
「唐突にワシの異世界を救ってほしいなんて、突拍子もないことを頼んで本当に申し訳ないと思っている。じゃが、そうでもしないと、世界は滅んでしまうのじゃ。ワシの守る世界は、イーロニアムという。異世界イーロニアムが、今正に危機に瀕しておる。理由は、悪の大魔王ロバルタが復活してしまったからじゃ。」
「大魔王ロバルタ?」
「ヤツは、強大な魔法によって、既に世界の四分の一を灰色の世界にしてしまった。焼野原の後は魔物が巣食う絶望の土地となってしまったのじゃ。このままではいずれ世界は闇に飲み込まれてしまう。」
「… ………」
「この世界に住む人々と同様、異世界イーロニアムにも心優しき人々が住んでおる。だが、今彼らの心には希望の灯が消え去ってしまっている。果敢にも立ち上がった若者たちが居るが、所詮、人間のすることじゃ。消し炭にされて死者の数を増やすだけとなっておる。」
「…… ……」
「だから、頼む。どうか、ワシの世界を救ってくれ」
「いや、だから、俺にはそんな力はないって」
 俺は、神の切実さを若干ではあるが感じていた。感じていたものの、だからと云って一体、社畜の俺に何ができる。
「違う、違うんじゃ。オヌシなら、世界を救うことができる。」
「どういうことだ」
「これが違う次元にワシが来た理由じゃ。… …神を自称して恥ずかしいところではあるのじゃが、ワシにも分からんことがある。なぜかは皆目見当がつかんのじゃが、異世界から訪れた人間には、もれなく凄まじい力が宿るのじゃ。」
「凄まじい力?」
「そうじゃ。剣技にしても、そして魔法にしても。これまでワシが頼んだ人間はもれなくそうじゃった。例外はない。皆、何故だか知らぬが、伝説でしか伝え聞いたことがないような極大魔法さえも悠々と使えたのじゃ。ワシの世界に住む住人には、一切そのような芸当は不可能じゃった。できるのは、異世界から転生してきた者たちだけじゃ。彼らは皆、勇者じゃった」
「…… ……」
「オヌシも例に漏れず、異世界に行けばそのような伝説的な力を手にするであろう」
「… ……… …」
 伝説的な力を手にする?この俺が?ただ単に社畜で、何の特殊技能もない俺が、世界を救うだって?そんなバカな話があるか。俺は頬っぺたをぎゅうっとつねった後、力いっぱいびんたした。酔った勢いでやるものだから、他人にやられた時と変わらないほどの馬力が出た。つまり、容赦なく痛かった。どうやら、これはまぎれもなく現実らしい。
 人生にはこんなことがあるのか、と。俺は暗闇の中で思った。これまで人生において何の努力もしてこなかった自分。小学校も中学校も高校も、底辺であり、しかし底辺だからと云って、そこにいるような不良のようには弾けることもない。そして、此れと云った情熱を注ぐ趣味等もないものだから、ソウルメイトと云われるほどの仲間とも巡り合うこともなかった。だから、この歳になっても親友と呼べる人間は居ない。三流大学になんとか入り、そこでも授業が終わればそうそうに帰宅して日がな一日をネットの中で過ごす。そんな日常の中で、呪いのように聞き続けた文学ロックだけが俺のすべてだったのだ。
 そんな俺が、世界を救うだって?馬鹿にするにもほどがある。こんな俺みたいな奴が、今まさに滅びつつある世界を救う為に戦う。
「オヌシは異世界できっと、かけがえのない仲間と出会えるじゃろう。その仲間と力を合わせて、大魔王の野望を打ち砕いてほしい」
 かけがえのない仲間。それは、学生時代でも、サークル活動を行っている同級生の姿を見ながら想像したことだ。俺みたいな人間でも、思い思われて、人に優しくできるならば。それはなんて嬉しいことなんだろう。
 才能に憧れて、でも実現できなかったことが沢山ある。小学校の頃に夢想したサッカー選手に始まり、中学で挑戦したギターは、あまりのへたさに諦めた。それでもロックは好きだったから、サブカルの音楽雑誌を読みながら、CDを聞いた。CDを聞いた、こいつは才能がある、こいつは才能がない、こいつは才能が枯れつつあるな、等と評論家きどりの感想をひとりしたためてほくそ笑んでいた。だが、そのくせ何時も感じていたのだ。俺がやっていることはいつの時も外野であって、観客席にいるのであって、ちっともみられる側の人間にはなれなかったのである。俺はどんなに取り繕っても無能の男なのであった。だから、唯一、今いる会社から離れるわけにはいかない。無能な俺は、その無能さゆえに生きているのだった。俺は、俺の人生は、無能であるつけを支払い続けている人生だ。とびぬけて最前線なことも、暖かい暖炉からも無縁だ。
 そんな俺が、神様の云うように異世界に行き、とてつもない才能と、かけがえのない仲間を手にする。それは、夢のような事態だった。そして、それは間違いなく確約される事象。
「……… ………… …… …………。………」
 きっと、異世界では俺は人生がばら色だろう。その世界で生きがいと云えるべきものを見つけ、愛する人々を見つけるだろう。人の為に、といったこのとの本当の意味が実感として理解できるかもしれない。そして、そんな中で命をかけて戦うことができれば、きっとそれは身が滅びても本望なのかもしれない。… ………だけれど。
「頼む。ワシの住む世界を、救ってくれぬか」
 俺の住む世界は、俺に冷たい世界だ。会話だって、酷い時にはコンビニの店員とのやりとりだけだったりする。寂しさもある。だけれど。
 俺はどこか、異世界に行って、俺の今いる世界を引き払って、リセットして、異世界に行くことにどこか薄ら寒さを感じる。異世界ではバラ色だろう。だけれど、俺が生まれ育った世界には、そのバラ色は届かない。
 羨ましくはないというのは嘘になる。踏み出せば、全てがある世界に連れて行ってくれるのに、躊躇する理由なんてないだろう。何事も経験だ。異世界に行って、全てを経験して、それから自分の世界で生きて行けばいい。異世界での経験が、これからの自分の糧になる。百理あるあだろう。
 だけれど。俺はやっぱり、この世界を置いてはいけない。これまで努力もせず無能を引きづったこの世界を。これからも同じように無能を引きづりながら、その代償を払うだけの人生だったとしても。それでも、俺はそのおとしまえをつけていく。だなんて。ちょっと肩肘つっぱりすぎなような気もするけれど、俺はなんとなく酔い目でそのようなことを考えた。
「神さん」
「おお!やっと決心がついたか」
「… ……。ごめん。俺やっぱ、考えたけど、異世界いけないや」
「は?!!!!どゆこと」
「… はは。……えー ……っと。… ……つまり、俺は、俺の住むこの世界で、引き続き、這いつくばって頑張って行こうかなと」
「は?!!!な、何をゆっておるんじゃ。同じ頑張るなら、異世界でそのモチベを存分に発揮したらよかろうもん」
「… ……。なんか、気恥ずかしいんだよなぁ、やっぱ。だって、らしくないじゃん。ただの無能社畜サラリーマンがさ、才能あふれて魔法とか手軽に使えちゃうとかさ。後、心通わす素晴らしい仲間と共に旅をする。とかさ。俺、考えただけでおぞ気が出ちゃう」
「… ……あきれた… ………」
「いや、すんごい、有難いお話ではあると思うよ。だけど、いいや。俺は。うん。この抽選、他の人にあげてくれよ」
「… ………。」
「ごめんね。でも、すんげー、なんつか。楽しかった。」
「… ……… …楽しかった、じゃと?」
「うん。なんか、柄にもなく、色んな事、考えたよ。マァ、月並みだけど、今の俺じゃなかったら、どうなってたんだろう、なんて」
「…… …………。」
「… ………… ………」
 鼻がむずむずして、俺は一つ、大きな大きなくしゃみがでた。
「はっっっっくしょい!」
「…… ………… ……はははは …………」
「ずずっ」
「はっはっはっはっはっは!!!!!」
「…なんだ?」
「…あーあ。まさか、こんなにも好条件な提案を断る人間が居るなんて、思ってもみんかったわ。まったく、これだから別世界の人間ってやつは、面白い」
「… …………そうかな」
「ああ。よっぽど、面白いぞよ、オヌシ」
「褒められてるのか。ばかにされてるのか」
「はっはっは。まあ、どっちもじゃろな。」
「おい」
「… ……ふふ。……はー。… ……わかったわい。… ……ながーいこと生きてきて、初めてじゃ。人間に振られるなんてことはな。」
「なんか、すみません」
「いやいや。楽しかったぞ。… ………。それじゃな。… ………マァ、こうしてる間にも、ワシの世界では大魔王が暴れ回っておるんじゃ。早く世界を救ってやらんとな。」
「… ……… …」
「…… ……それじゃな。面白き若人よ。… ……… ……オヌシと出会えて、良かった。」
 暗闇の中で、俺はなぜだか、神様の笑顔が見えた気がした。にっこりと髭面の、少し強面のゼウスっぽい感じだった。

「せんぱーい。」
「おいよ」
「その見積書、先にお願いしますって、さっき言いましたよね」
「ああ、すまん」
 神様の粋な取り計らいなのか、次の日も俺はなんの変哲もなく起床して会社に来ている。
 で、そうそう。世間では、俺が昨日体験したような出来事が、小説ジャンルとしてあるそうだ。つまり、異世界転生しちまうものが、なろう系って呼ばれてるらしい。とすると、異世界に行かなかった俺は、ならない系なのである。そして、不思議なことに、ならなかった俺はさながら内省を強いられることになり、さながらそれは私小説のような様相を呈しているのであった。つまり、ならない系は私小説の様相を呈する。
「せんぱーい。」
「なんだよ。今やってるっつの」
「じゃなくて。昨日、面白かったですよね。また飲み行きましょうよ」
 様相を呈するのである。呈するのであるが。
 俺は横を向き、眼の前のカメラに向かって真顔。
「この文章はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。」
 
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