One Thousand 20th Century Chairs

文字数 6,137文字

 んでそのメル友の女の子と電話しててんけど、どこ住んでんの?ってその子に聞いても適当なことばっかで、ちっとも教えてくれない。
「おれミナミ住んでんねんけど、どこ住んでんの?話聞いとったらユミちゃんもミナミやんな?」
「えー、わからへんわー」
「わからへんってなんやねん」
 話聞いてる限りでは多分この子、ミナミ住みやと思うねんなぁ。そうやとしたら、おれと住んでるとこ一緒やからメチャラッキーなんやけど、どうなんでしょ。そんな感じで中々ガードが固くて、住んでる所は教えてくれへんのやけど、それでもなんやかやゆうて、話は盛り上がったのである。んで、色々とどうでもええことごちゃごちゃ喋ってたら、うちのマンションの外をわらび餅屋が通った。
 わーらびー餅ー オイシイよー
「うわ、今わらび餅通った!わ〜らび〜もち〜」
「なんやそれ」
「わらび餅久しぶりに食いたいわ」
 わらび餅屋の声なんか、めっちゃ久しぶりに聞いたから、おれはちょっと心を動かされて耳をすましてた。ユミちゃんもなんとなく声を潜めて黙ってたから、こっちのわらび餅屋の声を耳澄まして聞いてんのかなーとか思ってた。こっちはこっちで心安らぐなぁ、とか思いながら聞いてると、だんだんとわらび餅屋の車が遠ざかっていく。ああ、だんだんと遠ざかっていくわらび餅屋の声。ほんのりとした郷愁の余韻におれは浸ってたのだ。んで、それなりに楽しんだおれはふと我に返る。
「ユミちゃん?」
「…… …… …」
「……?」
「…… ………」
「どないしたん、てば」
 もっかいユミちゃんに声を掛けてみても反応がない。一体どうしたんやろと思いながらも、なんとなく話が繋がらなくなって、こっちもつられて黙ってしまった。
「…… …………」
「… … …………」
 少しく続く沈黙の時間のせいで、喋る気を削がれてじっとしていたら、電話の向こうから何かの声が聞こえてきた。
「…… …ビ〜… ……ち〜」
 最初はよくわからなかったけれど、そういえば、なんだかどっかで聞き覚えのある声。
「……… …らび〜… ……ち〜」
「… … ……」
「…… …………らび〜もち〜」
 …… …って、いやいや、これすぐわかりましたがな、さっき散々聞いた声ですがな。
「…… …ちょ、ユミちゃん?」
「…… ………………」
「…… ……な、なんか、今そっちから聞こえてる声って… ……」
「… ……まったく、なんやの一体……」
「イヤイヤイヤ、なんでわらび餅屋の声が、そっちから聞こえるの!?」
「わたしだって知らんわ!たまたま、今日はわらび餅屋が追い込み時期でそこら中に走ってるんとちゃうの!?」
「そんなわけないやろ!… ………え、なに、もしかしてこれって、ユミちゃん住んでるとこと、おれが住んでるところって、実はめちゃくちゃ近いんとちゃうん!」
「…… ……んなわけないやん」
「イヤ、だって、おかしいやろこんなん!」
「……いや、違うやろ」
「ミナミ住んでるんやんな?」
「住んでるけど」
「おれ難波駅の近くの○×マンションってマンション住んでるんやけど!」
「…… ……うそ。あたしもそこやねんけど!」
 …… ……拝啓。故郷のお母さま。人生には不思議なこともあるものです。たまたま知り合った、と言っても未だ面識のない若い男女が、電話を通じて、イエ、もっと言うと、わらび餅屋を通じてお互いの所在を知り、まさか初の対面を果たすことになるなんて。イエ。しかしこれが人生と言うものなのですね。事実は小説より奇なり。おおよそ、私たちが想像し得る全ての出来事の実現可能性は、ゼロではないのですね。きっと。
「ほんで、何階やねん!」
「四階!」
「一緒やがな!わらける。……もしかして反対ッ側の一番向こう?」
「そう!」
「行くわ!」
「こんといて!」
「なんでよ!!」
「いや、なんとなく…… …」
「こんといてって……。こんなわらけるsituationに置かれてるのに!共有せなあかんやろ。われわれは共有するべきちゃうか。この非日常を」
「だって私たちまだ出会ってもいないんですもの」
「まぁそりゃそうやけど… ……」
「でしょ」
「あ、もしかして男と住んでるとか?」
「今あんたと電話してるやろ。おったらするか」
「えー。おもんないなー」
「うーん。ほんなら、廊下で会おうよ!」
「は?」
「廊下廊下。今から廊下出るから、君もこっちに歩いてきてよ」
「わけわからん」
「ほなやめ」
「よっしゃ。ほなそろそろ家出るでぇ」
「ちょー待って、あたしも出る!」
 廊下に出たけど、ユみちゃんのドアの音は全然聞こえんかった。あれ?と思ったけど、おれはこの階の反対側の方へと向かうことにした。携帯の通話は切ろうって話になって、電話を切って廊下をゆっくりと歩いて行く。
 このマンションは結構年季が入っていて、中の作りも変な形になってる。マンション自体がL字型になってて、そのマンションにそって細い道路が走っているのだ。わらび餅屋の屋台はマンションの外周を沿いながら、おれの部屋のほうからユミちゃんの部屋の方面へと移動していったというわけだ。廊下も当然L字型になってるので、曲がり角のところまでは相手の姿が見えない。おれはだんだんと向こうの状況が気になってきて、徐々に足が速くなっていく。廊下の曲がり角のとこまで駆けていく。
 果たして曲がり角を曲がると、向こうの方からこちらに歩いてくる人影が見えた。
「ユミちゃん!」
 声を上げながら手を振ると、向こうも合わせてこちらに手を振った。おれは面白くなって走って近づいていった。
「わらける!」
「なんだこれ!」
 おれたちは初対面やったけど、そんなことよりも遥かに面白さが勝ってしまっていて、二人でけらけら笑っていた。おれたちはすっかり興奮してしまっていて、暫くの間廊下で立ち話をしていた。
「あーおもろ!なんやこれ」
「ほんま、なんなんやろなー。あたしさっきまで、普通に洗濯しててんで!」
「ほんまやで。おれだってこんなことなると思わへんかったモン」
「あー。こんなに笑ったん、めっちゃ久しぶりやわー」
「なんか偶然すぎて、めっちゃ怖いねんけど」
「ほんまやなー。こんな漫画みたいな出来事が起こるなんて。なんか、もっと不思議なことが起こりそうやなー」
「ほんまやなー!」
 ユミちゃんが満面の笑顔で言う言葉に、おれもつられて笑顔で答えた、そのとき。



 ガツーン!



 なんかすんごい光がおれたちの周りを一瞬で真っ白にして、おれたちは眩しくて目を瞑ってしまう。マンションの壁になんか硬い物が弾けたような音がした。
 そのまばゆい光が徐々に弱まっていき、おれたちも少しずつ眼が慣れてきた。
「…… …… ……。… …… …なんなん?」
「……まぶし…… …」
 顔を上げたおれたちの目の前には奇妙な人間が立っていた。つるっつるの銀色に光った全身タイツで細いサングラスをかけた男がそこにいたのだ。
「タイムパトロールです。」
 そう言って、男は二三度おれたちを交互に見て、分かるよ、という感じで頷いた。




 ***




 タイムパトロールもとい全身タイツの四十前後に見えるおっさんは、こんな姿で廊下にいたら不審者と思われるので、とりあえず君たちどちらかの部屋に入れてくれないか、と言ったが、おれたちは断固拒否した。おっさんは頼むと何度も言ってきたけど、なんだかちょっと公安の犬やからって偉そうだったのでおれたちは嫌味をしてやったのだ。しかしおれは途中で作戦を変更することを思いついた。それは、このおっさんの発言に便乗して部屋入りを拒否ってるユミちゃんの自宅に侵入しようという試みだった。おれはこのことを思いついたときに若干ほくそ笑みそうになったけど、極力冷静を装いかつその真意を悟られないように徐々に徐々に発言の立ち位置をおっさん側にシフトしていった。
「んー、まぁ、おっさんの言うことも、分かるっちゃー分かるかもなぁ」
「は?!」
「そうだろう。私もこんなところに放置されては困る」
「いや、なんであたしん家にいれなあかんの?!」
「いやだって、ユミちゃん家そこやし」
「絶対イヤ!なんでこんな得体の知れんおっさんいれなあかんのよ」
 確かにそれはごもっとも。
「いやー、だっておれん家に来るよりも女の子の方がええやろ?」
 しばらく続くこの問答のうちに、おれはおっさんの事をいい奴だと思うようになってきた。というのは、おっさんはいつのまにか、おれの言動から、おれがユミちゃんの部屋に入りたいという気持ちを読み取っており、おれの部屋よりユミちゃんの家に入れてもらえるようにユミちゃんに何度もお願いしているのだ。そして、ときおりおれに目線で合図を送ってウィンクをしてくるのだ。ウィンクはキモいからせんといて。しかしおそらく公安の犬だけあって知能指数は相当高いのだろう。とりあえず空気読む力がハンパない。まぁおっさんからしたらどっちの部屋にいれてもらおうと部屋に入れてもらえさえすればええのや。それのついでにおれの肩を持ってくれているという訳か。おっさん中々の器や。
「私も折角なんで女の子の部屋がいいです」
 だがユミちゃんは中々折れない。断固拒否を繰り返す。さすがにおっさんもおれも万策尽きる。
「しゃーないなぁ。ほなおれん家くるか?」
 もうさすがにおれも面倒くさくなってきたから、こっちが折れることにした。
「仕方ないですねぇ…」
 なんだかおっさんも猛烈に残念そう…
「んじゃ行きますかぁ」
「あたしも行く!」
「来るんかい!」
 意見がやっと纏まったのでおれの部屋の方に向かおうとした。そして進行方向を向いたとき、おれたちはそのとき初めて気がついた。一人のおばあちゃんがずっと、おそらくおれたちのやりとりの一部始終を見ていたのだ!しかし彼女はモチロン家政婦ではない!




 ***




「あのー。さっきなんか大きな音がしたみたいやけど…」
「あ、いや、おばあちゃん、なんでもないで。多分カミナリちゃうか。。」
「はぁ、そやけど、なんかえらい揉めてたみたいやね」
「いやいや、玉田のおばあちゃん、なんもないよ、気にせんとき」
 間に入ってユミちゃんが話しかけた。
「ユミちゃん知ってんの?」
「ご近所さんやから」
「そこの男の人、えらい変わった格好してはるねぇ」
 玉田のおばあちゃんはおっさんを見てえらい不思議そうやった。
「こんにちわ」
 おっさんも予想外のことでちょっと戸惑ってる。おれもユミちゃんも返答に臆しているとおっさんが続けて喋りだした。
「どうもすみません、私がちょっと転んでしまって、大きな音を立ててしまったんです。」
 いやいや、音でかすぎやろ。
「はぁ、ほたら、怪我とかは大丈夫?」
「ご心配なく」
「なんか部屋に入れてくれ、入れてくれるな、ゆうてたねぇ」
 ほんまに全部聞いてたんやな、おばあちゃん
「いやいや、おばあちゃん、別にええねんで。そんなん気にせんでも。」
「私の部屋でよかったら、入る?」
 えー!何をゆうてんのや、このおばあちゃんは。なんだかまた面倒くさくなりそうや思て、おれがおばあちゃんに喋りかけようとしたとき、おっさんが先に喋った。
「本当ですか!それは助かります。」
 おれとユミちゃんは、あれ?と思ったけど、おっさんはこっちを向いてウィンクをした。
「ほな、はよ入っておいで!みんなに見つかったらあかんで!」
 おばあちゃんの頬が若干赤く火照っているように見えて、おれはそれにとても衝撃を覚えた。おばあちゃんの部屋に入るときにおっさんがおれらに小さな声で教えてくれた。やはり自分と接触した人間は最小限に抑え、なおかつ接触した人間には詳細を話す義務があるらしい。タイムパトロール6条なんだそうだ。




 ***




 おばあちゃんの部屋のちゃぶ台を囲んで皆で麦茶を飲んだ。皆飲んでる間は無言やった。
 その静寂を破ったのはやはりおっさんだった。おれは横目でおばあちゃんを見ると、おばあちゃんは、おそらくこれから起こるであろう未知との遭遇に頬を赤く染めていた。
「えー、私こういう者です」
 と言って、おっさんはまず名刺をくれた。なんたら警察サイバー犯罪課タイムパトロールどうのこうの。警部補という役職がついていた。ほんでそれからおっさんは、何故現代に来たのかを淡々と教えてくれた。要約すると、犯罪者が地球を滅ぼすほどの爆弾を持って現代に逃げ込んだので、それを追っかけてきたらしい。自分のほかにも何名か大阪に来た人間はいる。移動の際に時空が多少歪むので、思った通りの場所に出ることは中々難しいらしい。誤差の修正範囲内ではあるが、今回このマンションに出てきたのもそのせいだと言った。おれとユミちゃんはほーとかはーとか言いながら話を聞いていた。だけど途中から面倒くさくなって携帯を開いてお互いにメールを出し合っていた。おっさんの話は確かに深刻な話やったけど、全然Realityがなくてだんだん白けてしまったからだった。ただおばあちゃんはすごい真剣に聞いていた。在りし日の青春をまるで取り戻すかのように聞いていた。
「…ということなんです。」
 おっさんは冗談をいうでもなく、至って真剣だった。
「それで…、私たちは何をお手伝いしたらよろしいんですやろ?」
 おばあちゃんは恐る恐る聞いた。
「いえ、何もお手伝いして頂かなくてよろしいですよ。」
「そうなんですか…」
「ただ、私たちもこういう身分ですので、できるだけ穏便に仕事をしたいのです。ですので、さすがに守秘義務とまではいきませんが、このことは内緒にしておいて貰えませんか?」
「はい!」
 声でかっ。だがしかし、おれはそのときたしかに、おばあちゃんの若い少女の頃を見た気がした。
「じゃあ、そろそろ私は行こうと思います。…。皆さん、どうもありがとう。」
「いえいえ」
「どういたしまして」
「あ、おばあちゃんも、本当にありがとうございます」
「大したこともできませんで…」
「いえ、本当に助かります。我々にとって住民の皆様の協力が何よりの支えです。」
「あ、そうそう、おはぎがあるわ!これを持っていって頂戴」
「え、いやそんな…」
「ええの、ええの。お仕事中、お腹空くやろ、持っていき」
「そうですか、それじゃあ頂きます」
「今朝作ったのがあるから、皆も食べり」
 もうお開きになるんちゃうんかいな。
「はぁ。では頂きます。」
 おばあちゃんのおはぎは結構美味しかった。忙しいのにおっさんは律儀におはぎを三つも食べた。それから、おっさんはでは、と言って普通に玄関から出て行った。普通に出てって大丈夫なんか?とは思ったけどその事については何にもいわんかった。その後は三人で、なんやかやとまた話をしていた。おれとユミちゃんが今日初対面だということも喋った。面白いこともあるもんやねぇとおばあちゃんは楽しそうにゆった。
 それだけなら良かったのに、後日ポストに手紙が入っていて、それはおっさんのものだった。犯人は無事捕まえた旨が書いてあったのともう一つは、玉田のおばあちゃんが実は自分の遠縁の祖先だということだった。不思議なこともあるもんだ、という言葉で手紙の最後は締めくくってあった。


                                 初出:2009.10.2


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