第19悔 エリクとゾーイー
文字数 2,183文字
地球暦1100年、春――。
私、ゾーイー・ストーマーは、名前と性別を偽り皇国陸軍幼年学校に入学した。十三歳になる年だった。
もともと父方が代々、軍人の家系であったこともあり、いずれは自分も、という気持ちではいたが、成年に達する十八歳を待たずに、男装までして女人禁制の幼年学校に入学したのには理由があった。
前年の春から『ルーム中央幼年学校』の校長に、あのエリクソン・シンバルディが就任していたからだ。
“救国の英雄”の伝説は、小学校の教科書に載るほど絶対化されており、同年代の男子にとっては正に畏れ多い神のような存在であったかも知れないが、私たち女子生徒にとってエリクソンは長身な上、端正な顔立ちとおよそ軍神とも思えぬ柔らかな物腰で、一番人気の偶像的存在だった。
三十歳で大佐になったばかりのそんな彼は、ちょっとした社会問題にもなりかけていた。
家ではもちろんのこと、学校の授業中でも教科書に載っている図解――あぁ、なぜこんな淫らなものが小学生の教科書に? と言わずにいられない、彼の筋骨隆々の全身裸! の肖像画――を片手に、ファンタジーに耽る女子が続出してしまったからだ。
取り分け私は熱狂的と言ってもいい陶酔ぶりだった。
空想上の友達 としてエリクソンさまを召喚し、さらにその彼に師事したのだ。
そんなある日、彼が意外なことを言い出した。
(男装して幼年学校に入り込み、校長に近づこう!)
もうすぐ十三歳の誕生日を迎える私の身長は、すでに一七〇センチを超えていたので、まぁ、男装には問題が無いように思えた。
(この年頃の男の子もまた、まだまだ成長過程であり簡単には見分けがつかないだろう)というのも彼からの助言としてあった。
いかにも『冬の小鹿』作戦を考えた英雄らしい提案! と私は狂喜した。
だが、面倒なのは学力試験だ。
その当時、幼年学校入学への倍率は二十倍を超えていたからだ。ルーム中央幼年学校ともなれば五十倍は下らなかったはずで、それもこれも校長に就任したエリクソン・シンバルディへの人気から来るものであった。
「あなたのせいで、大変なことになってるじゃない!」と愚痴る私に対し、空想上の友人は飽くまで“本物”らしく真摯に詫 びた。
「……まぁ、いいよ。勉強は私が頑張るとして……」
“エリクソン”さまの可愛げと来たらなかった。――責めているのは私! なのに!
私は赤面して口ごもった。「お、お父さんが何ていうかな……」
しかし、“エリクソン”さまが(それについても良いアイディアがあるんだ)と喜色満面に語りだした。
(僕が僕の名前で推薦状を書こう!)
「えッ?!」
(つまり文面はこんな感じさ! 《 この度、幼年学校に新設されました男女の別のない『衛生兵科』の第一期生として貴方の優秀なご息女が全国の学生の中から選出されました。ぜひとも入学していただきたく、ここに手紙をお送りします》 ——どうだ!)
「わぁ! すごい! 良いかも!」
こうして私は“エリクソン校長”の指示に従い、入学案内と推薦状を偽造し、自分の家に送り付けたのだった。そして、この作戦が見事に功を奏した。
「おお!でかしたぞ、ゾーイー!」とは父の第一声だった。
「かつて本物のエリクソンと一緒に従軍したこともある」、というのが自慢の一つだった父は、この推薦状を死ぬまで家宝として崇 め奉 った。
勢いに乗る私と“エリクソン”さまは、入学願書を取り寄せ、名前と性別を偽り提出した。名前は全く適当に、学校の教科書に載っていた偉人たちの中から選んで繋ぎ合わせた。
男装のために髪を短くし、偽名の雰囲気に合うように銀髪に染め上げた。
半年間に渡る猛勉強の末、試験にも合格した。
こうして新しい私、後に“黒鉄の狼”と呼ばれることになる『グンダレンコ・イヴァノフ』が誕生した。
.。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
救護係の長であるナナイ・ティンゲルスの叫ぶ声が、静まり返る円形協議場内にこだました。
「担架を! おそらく背骨が折れています!」
騒然とする場内。頭を抱えて形だけの狼狽 える振りをするザ・スピナッチ。
怪我の状態を知り、イヴァノフに寄り添い彼女の手を握るファニチャード・デルガド。
クリストフ・コンバスが担架の展開を他の救護係たちと共に手伝い、フェルディナンド・ボボンは少し離れた場所から、さして興味がなさそうな心配顔を現場に向け、超巨人ギッザゾズ・ガザザナは椅子に座ったまま静かにしていた。
ファニチャードが無事だと分かり元気を取り戻したエンリケ後悔皇子は、玉座から立ち上がり事態の正しい把握に努め、後悔研究所所長として、この円形協議場のこけら落としイベントの責任があるトスカネリは、後悔三銃士の面々に何やら指示を出していた。
大勢の関係者が現場周辺を行ったり来たりして混乱する中、他ならぬ本人が横になった状態で手だけを挙 げ周りの者を制した。
「だ、大丈夫だ……初めての事ではない」
激痛に顔を歪めながら、イヴァノフは救護係長ナナイに「アレを頼む……」と何かを所望した。
「アレ……とは?」と若く美しい救護係長。
「あの時の……アレ……だ」イヴァノフは混濁 する意識の中で、再びあの時の事を思い出していた……。
第19悔 『エリクとゾーイー』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
私、ゾーイー・ストーマーは、名前と性別を偽り皇国陸軍幼年学校に入学した。十三歳になる年だった。
もともと父方が代々、軍人の家系であったこともあり、いずれは自分も、という気持ちではいたが、成年に達する十八歳を待たずに、男装までして女人禁制の幼年学校に入学したのには理由があった。
前年の春から『ルーム中央幼年学校』の校長に、あのエリクソン・シンバルディが就任していたからだ。
“救国の英雄”の伝説は、小学校の教科書に載るほど絶対化されており、同年代の男子にとっては正に畏れ多い神のような存在であったかも知れないが、私たち女子生徒にとってエリクソンは長身な上、端正な顔立ちとおよそ軍神とも思えぬ柔らかな物腰で、一番人気の偶像的存在だった。
三十歳で大佐になったばかりのそんな彼は、ちょっとした社会問題にもなりかけていた。
家ではもちろんのこと、学校の授業中でも教科書に載っている図解――あぁ、なぜこんな淫らなものが小学生の教科書に? と言わずにいられない、彼の筋骨隆々の全身裸! の肖像画――を片手に、ファンタジーに耽る女子が続出してしまったからだ。
取り分け私は熱狂的と言ってもいい陶酔ぶりだった。
そんなある日、彼が意外なことを言い出した。
(男装して幼年学校に入り込み、校長に近づこう!)
もうすぐ十三歳の誕生日を迎える私の身長は、すでに一七〇センチを超えていたので、まぁ、男装には問題が無いように思えた。
(この年頃の男の子もまた、まだまだ成長過程であり簡単には見分けがつかないだろう)というのも彼からの助言としてあった。
いかにも『冬の小鹿』作戦を考えた英雄らしい提案! と私は狂喜した。
だが、面倒なのは学力試験だ。
その当時、幼年学校入学への倍率は二十倍を超えていたからだ。ルーム中央幼年学校ともなれば五十倍は下らなかったはずで、それもこれも校長に就任したエリクソン・シンバルディへの人気から来るものであった。
「あなたのせいで、大変なことになってるじゃない!」と愚痴る私に対し、空想上の友人は飽くまで“本物”らしく真摯に
「……まぁ、いいよ。勉強は私が頑張るとして……」
“エリクソン”さまの可愛げと来たらなかった。――責めているのは私! なのに!
私は赤面して口ごもった。「お、お父さんが何ていうかな……」
しかし、“エリクソン”さまが(それについても良いアイディアがあるんだ)と喜色満面に語りだした。
(僕が僕の名前で推薦状を書こう!)
「えッ?!」
(つまり文面はこんな感じさ! 《 この度、幼年学校に新設されました男女の別のない『衛生兵科』の第一期生として貴方の優秀なご息女が全国の学生の中から選出されました。ぜひとも入学していただきたく、ここに手紙をお送りします》 ——どうだ!)
「わぁ! すごい! 良いかも!」
こうして私は“エリクソン校長”の指示に従い、入学案内と推薦状を偽造し、自分の家に送り付けたのだった。そして、この作戦が見事に功を奏した。
「おお!でかしたぞ、ゾーイー!」とは父の第一声だった。
「かつて本物のエリクソンと一緒に従軍したこともある」、というのが自慢の一つだった父は、この推薦状を死ぬまで家宝として
勢いに乗る私と“エリクソン”さまは、入学願書を取り寄せ、名前と性別を偽り提出した。名前は全く適当に、学校の教科書に載っていた偉人たちの中から選んで繋ぎ合わせた。
男装のために髪を短くし、偽名の雰囲気に合うように銀髪に染め上げた。
半年間に渡る猛勉強の末、試験にも合格した。
こうして新しい私、後に“黒鉄の狼”と呼ばれることになる『グンダレンコ・イヴァノフ』が誕生した。
.。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
救護係の長であるナナイ・ティンゲルスの叫ぶ声が、静まり返る円形協議場内にこだました。
「担架を! おそらく背骨が折れています!」
騒然とする場内。頭を抱えて形だけの
怪我の状態を知り、イヴァノフに寄り添い彼女の手を握るファニチャード・デルガド。
クリストフ・コンバスが担架の展開を他の救護係たちと共に手伝い、フェルディナンド・ボボンは少し離れた場所から、さして興味がなさそうな心配顔を現場に向け、超巨人ギッザゾズ・ガザザナは椅子に座ったまま静かにしていた。
ファニチャードが無事だと分かり元気を取り戻したエンリケ後悔皇子は、玉座から立ち上がり事態の正しい把握に努め、後悔研究所所長として、この円形協議場のこけら落としイベントの責任があるトスカネリは、後悔三銃士の面々に何やら指示を出していた。
大勢の関係者が現場周辺を行ったり来たりして混乱する中、他ならぬ本人が横になった状態で手だけを
「だ、大丈夫だ……初めての事ではない」
激痛に顔を歪めながら、イヴァノフは救護係長ナナイに「アレを頼む……」と何かを所望した。
「アレ……とは?」と若く美しい救護係長。
「あの時の……アレ……だ」イヴァノフは
第19悔 『エリクとゾーイー』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆