第120悔 逆行ファンティーゴ
文字数 2,021文字
高く、白く――しかし、わずかに血に
ゴツゴツとした岩の台座上に立つオムドゥオラ神像の股間部分は、地上からおよそ2メートルの高さにあった。そこからさらに彼の身長分のやはり2メートル程度の銅製の張形が、絶妙な反りを描きながら天頂方向に伸びていた。
その先端部が丸ごと
しかし、それも束の間。
“堅物”から射出された白濁としたその内容物が、地球の重力に従って適切なコースでトンボ返りしてくると、テンダ・ライ自らの血で真っ赤に染まった顔面に落ちることとなった。
「うっわ!
甘美な夢から強制的に目覚めさせられた感覚に陥った野次馬たちが興ざめし、口々に目の前の恥知らずの文句を言い始めた。
「この変態野郎!」、「早く去勢されろ!」、「いや、狂犬は殺処分だ!」
しかし、当の本人はこの瞬間に記憶を取り戻す切っ掛けを掴んでいた。それとは気付かず顔にかかった己の白濁液をペロリと舐めた時だった。
――これは?! つい先ほども嗅いだ匂い! 舐めた味! 何なんだ?! あぁっ!
その時、彼の脳内で記憶が整理され、その一部始終の映像がフラッシュバックされた。
⦅ ――あ、あと3分の内に脱出しろだと? やってやるさ! 待っていろよ、エロイナ!
テンダ・ライはそう決意するやいなや、膝をガクガクさせて地面に突っ伏した。
「な、な、んだと……?」 ⦆
そうだ! この地面に突っ伏した時も、今のと同じ液体を舐めたんだ!
おそらく他人からすれば刹那の間だったに違いない。この隙に少し前の記憶を遡る。
⦅ 「ちょ、ちょっとアンタ……正気?」
若いスプリンガーもさすがに顔を紅潮させ、テンダ・ライに苦言を呈した。 ⦆
あ、今……スプリンガーの女が……唾を地面に吐き捨てたな。と言うことは、私が舐めたのは彼女の唾……?
さらに時が逆流する。
⦅ すると、「ピューイッ!」と熟女が街灯に寄りかかったまま口笛を吹いた。 ⦆
熟年スプリンガーが……どこかに向かって口笛を――そうか! あれで『ロンゾ&ファミーヴァ』を呼んだんだな? 余計なことを……。
⦅ 何とかこの状況から脱しようと快感に顔を歪ませるテンダ・ライの目の前で、彼にもたれ掛かっていた若いスプリンガーがひとつだけ条件を付けた。
「もし、あと3分これをガマン出来たら、ンゴファッ! エロイナのところに案内してあげてもいいよ!」 ⦆
そら、見たことか! やはりあの若い女は私に気が――あっ!
ここまで時を遡って彼はようやく気付いたのであった。
えっ……彼女が喋っている途中――「ンゴファッ!」と言ったところで……。じゃあ、私が口にしたのは……私自身の……ファンティーゴ!!
そう、テンダ・ライは果てていたのだ。
狙ってやったわけではないにしても、若いスプリンガーの口めがけて発射してしまい、命中していたのだ。
彼女が顔を紅潮させて怒るのも無理はなかった。
「俺たちの女に路上でブッカケやがって! しかも、てめえ無一文で花街に来やがったな? そんな奴いるか? この世に」
ファミーヴァが詰問する。
「いる、いない、じゃなくて、“要らない”だよな! そう思わねえか? オッサン!」
ロンゾもバルブ調節をやめて真剣な眼差しを4メートル上空のテンダ・ライに向けていた。
「要らない要らない! キメェから消えろ!」
口内射精された若いスプリンガーが、熱烈にロンゾを支持する。
「金さえあれば、まだ何とかなったかもしれねえが、一グレットも持っちゃいねえ!」と、ロンゾ。続くファミーヴァがついに本題に入った。
「で、あろうことか懐に隠し持ってたのは、これよ」と、噴水の前にテンダ・ライの所持品を投げてみせた。
それは確かに、場合によってはエロイナを始末しよう、と考えたテンダ・ライが用意した小刀だった。
「てめえ、コレ持ってエロイナに会いに行こうとしてたんだってなぁ?」
「どう開き直ってくれるんだ? てめえ」
「正直に言えば、命を助けてやらんこともねえぜ。実際、俺たちゃ
「だって、俺たち――」
矢継ぎ早にそう言ってからロンゾがファミーヴァの肩の上に肘を置くと、顔はテンダ・ライの方に向けたまま同時に深々と腰を折って挨拶した。
「――『ロンゾ&ファミーヴァ』!」
妖しいほど美しい月光が、彼らの幽鬼のような細すぎるシルエットを花街通りに浮かび上がらせていた……。
第120悔 『逆行ファンティーゴ』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆