第22悔 涙のマウス・サービス

文字数 2,592文字

  
 イヴァノフの復活を見届けてから救護係長と近衛騎士数名が議場をあとにすると、次第に場内も落ち着きを取り戻し始めた。

 会議メンバーがそれぞれ席に戻ると、司会のザ・スピナッチもガックリと肩を落としながら着席して深いため息をついた。

 「後悔議論を再開する前に……まず、弁明させてくれい!」

 そう言うと、円卓のすぐ横に机を構える書記のノギナギータ・ソワルツの方を向いて「だが、しっかり書き留めといてくれよ」と注文し、持論を(まく)し立てた。

 「さっきのオイラの必殺技『スピナチア』だが……実は、あれは三〇パーセントの力しか出してない“接待タックル”だったのだ! 
 そのことだけは、ここのみんなにも知っておいてもらいたい。もし、オイラが全力で放っていたのであれば、おそらく議場のメンバーは元より、観衆の半分が技の衝撃波を受けて粉々に吹っ飛んでいただろう!
 それでも良いのか?! それが良かったって言うのか?! はぁん?!」

 見事に立ち上がってきたイヴァノフへの負け惜しみからか、とんでもない言い訳を威圧的に始めた宮廷道化師に対し、観客席から〈ドッ!〉と笑いが起きた。

 円卓のメンバーからも〈ヴュヴゥァ!〉という聞きなれない大声が飛んだ。
 超巨人ギッザゾズ・ガザザナに至っては、どういうわけか今にも昇天しそうな恍惚(こうこつ)の表情を浮かべていた。

 そして、書記席のすぐ後ろにいた三銃士ロニーが、唐突に角笛を〈ピピャー!〉と吹き鳴らした!

 「あなた、どれだけ恥知らずなの?! 知性はどこに行ったのかしら?」とファニチャードが道化の発言を批判したが、もう容易(たやす)く挑発には乗るまい、と決意したスピナッチは「貴様、あとで協議場の裏に来いよ」と返すだけにとどめ、観衆の大多数が拍手で彼の大人の態度を評価した。

 「フフフ、それでこそ道化だな。気にするな、司会を続けてくれ」と、背骨を折られた被害者本人が優しい言葉をスピナッチに掛けると、書記のノギナギータが「あっぱれ!」と叫んだ。
 気をよくしたスピナッチが「オーキードーキー!」と叫んで“後悔”議論を再開させた。
 

 後世の歴史家たちがこの日の議事録を見返した時に「不明瞭な“暗黒部分”がある」としてしばしば議論になるのがこの辺りだった。

 ザ・スピナッチが必殺技をイヴァノフに誤爆させてから、議論が再開してしばらくの間までの記述が無いのだ。

 「書記のノギナギータ・ソワルツも『スピナチア』に巻き込まれたのだ」と主張する歴史家がいるかと思えば、「いや、ただ単に記述出来るような言葉がやり取りされなかっただけだ」という学者もいた。
 そのあと急に議論が途中から再開する形なので、その空白部分を巡って陰謀論的妄想を書き連ねる劇作家などもいた。

 実際はどうだったのか?

 スピナッチが「しっかり書き留めといてくれよ」とノギナギータに言った時、初老の書記係は、うわの空で“超巨人”の方をじっと眺めていた。呆然自失と言ってよかった。それも仕方のないことだった。
 こんな破廉恥(ハレンチ)なことは、長い書記人生の中でも初めて! 
 という状況下にあったのだ。スピナッチの暴挙の事を言っているのではない。

 悪気なんてなかった……。
 たまたま、ちょうどノギナギータが座る書記席の位置から見えてしまっただけなのだ。
 それは、グンダレンコが床の上でのたうち回りながら『黒鉄のコルセット(レプリカ)』を要求しだした頃だった。

 事もあろうに超巨人ギッザゾズ・ガザザナが……

 円卓の下で五〇センチメートルはあろうかと言う極大の毒蛇を露出させ、後悔三銃士の紅一点キャスにマウス・サービスさせていたのだ!

 一体、いつから?! 一体、なぜ?!
 思わず議事録に書き込みそうになった言葉を飲み込む書記係の推理が、そこから始まった。

 細身だが三銃士専用のブーツを履くと一九〇センチメートルを超える長身のキャスが、その体を何とか折り曲げて円卓の下に潜り込み、とても普通の人間の口には収まらない肉塊を必死に(くわ)え込もうとしている。

 見れば彼女は涙を流しながら嫌々といった感じだが、偶然、そんな状況になるはずもなく……また、ギッザゾズ・ガザザナが暴力でもって無理やり奉仕させているわけでもなさそうだった。

 議論の途中で乱闘が起きて、円卓の下で口奉仕(マウス・サービス)が始まる……。
 なぜ?
 何度考えてもわからなかった。
 最初から? 着席した時から? いや、キャスは会議メンバーの入場の呼び込みをしていたではないか。
 そのあと……道化師の挨拶代わりの冗談が会場を()てつかせて……。いや、わからない。だからといってなぜ猥褻行為(ワイセツこうい)が始まる? ファニチャードの発言があって……『スピナチア』が炸裂して……。

 円卓の下に入り込めるとしたら、やはりこのあたりの混乱に乗じてだが……。
 
 そういえば!
 ノギナギータは思い当たることが一つだけあった。

 乱闘になってから反射的に玉座の方を確認したとき……後悔研究所所長が三銃士の面々に何かを指示していた! ……気がする……。
 その時までは、キャスは会場の誰からも見える場所にいた!
 だとすれば、奉仕活動を指示したのはトスカネリ?

 なぜ?!
 やはり何度考えても分から――いや、この会議は“後悔会議”である。で、あるならば! もしかしたら、あの口奉仕も何か“後悔”に関係あるのかも知れない!
 そうだ、基本に立ち返って考えるべきだったのだ!

 「超巨人の天文学的な大きさの毒蛇を無理して(くわ)えてしまって後悔……?」とノギナギータは思わず声に出して(つぶや)いてしまったが、幸い議場ではスピナッチが「接待タックル」がどうとか叫んでいるところで、観衆もそちらに集中していたため、誰にも聞かれずに済んだ。
 
 いやいや、ダメだ、全く分からない!
 何故、後悔三銃士のメンバーが、このタイミングであんな無茶な後悔をする必要があるのか?

 だけど、このタイミングと因果関係から、逆に彼女の上司であるトスカネリが関係していることが浮き彫りになってくる。キャスが自ら望んで机の下に潜り込み、いきなり奉仕活動を始めるとは思えないもの。
 一体、何があるというの? トスカネリと三銃士の間には……。

 このおぞましい光景に首をふりながら、ノギナギータも手のひらだけではない箇所に汗をかき始めていた。



 第22悔 『涙のマウス・サービス』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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