第48悔 エンリケ皇子の大蛇退治

文字数 2,350文字


 えっと……何だっけ? そうだ、この美しい“(うつわ)”を持つ女性の人生だったな、この破廉恥行為の理由だ!

 眉間にしわを寄せる探偵フェルディナンドが、次の瞬間、燃え盛る炎のような髪を持つ頭をシャカリキに()いた。

 大切なことを忘れていたーッ! この器の香りはどんなものなのか? そして、そこから(あふ)れ出る蜜の味は? それが分からなければ、この“器の見本”のような牝穴(メスアナ)から何かを察するのは困難だ!

 フェルディナンドは、クリストフに気を使いながら、さらに現場に近づいた。
 その距離、二十センチ程度。嗅覚(きゅうかく)に意識を(かたむ)けると、彼の鼻骨は〈モゴゴ〉と波打ち、わずかに高く大きくなった鼻が出来上がった。

 〈スーン〉と息を吸う牝穴探偵(めすあなたんてい)
 (うるお)いに満ち満ちているはずのキャスの“器”から、渇いた汗のような臭いを検出した。

 うーむ、彼女の器から若干のストレス臭を感じる。という事は、何だ? これだけノリノリで奉仕しているにも(かか)わらず、実際は厭々(いやいや)、やらされているというのか? と思い悩んだ。
 
 しかし、クリストフが無理やりさせてるようには見えないし、そんなことをさせる男でもない……。と言う事はだ。これは彼女の仕事上、誰かに命令されてやらされている可能性が出てくる! 後悔三銃士とかいう隊の彼女に命令できる者は当然、限られている。皇子か、もしくは……。
 と、素人探偵ノギナギータ・ソワルツと同じ推理にたどり着いたその時――

 “永久機関”が遂に稼働した。
 


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 ここは……天国……か?

 どのくらいの時間が経ったのだろうか? 
 エンリケを呼ぶ大観衆の必死の叫び、応援の声が聞こえてくる……。
 あまりの快楽に気を失って前に突っ伏したエンリケ後悔皇子が再び目を覚ました時、彼は地獄の門前にいた。

 〈ドクンッ ドクンッ〉という脈動が、エンリケの口内に響く。
 何なのだ……? これは……。
 息苦しかった。太くて硬い何らかの(かたまり)がエンリケの口を(ふさ)いでいたのだ。
 
 「エンリケ様! エンリケ様! 起きて!」
 愛しのファニチャードの声が聞こえる……。
 
 「ふぁふぃふぁーふぉ?」と皇子が覚醒し、ゆっくりと焦点を目の前の物体に合わせると、自分がガザザナの天下一品を(くわ)え込んでいることに(ようや)く気が付いた。
 「ふぁーっ?!」

 しかし、ここでも会議の冒頭で「わたし――今までの人生で後悔したことなんて一度もないの!」と(うそぶ)いていたファニチャードのちょっとした悪戯心(イタズラゴコロ)が発動してしまっていた。
 右手でエンリケの肩を揺すりながら、左手では“世界蛇”の首元を愛撫(あいぶ)していたのだ。

 「エンリケ様! 大変ですわ! もうすぐ! もうすぐこの丸太が爆発しそうですの! 早く起きて!」と、ファニチャードが皇子に緊急避難を(うなが)す。

 もちろん実際には、その文言の「もうすぐこの丸太――」あたりで、この日三度目の極大射精が起こった。

 「おごたぃはんごふっ!」
 エンリケが口内を“毒液”で満たす! 
 さすがに短時間に三度目ともなれば、その分量は減少していたが、それでも竹で出来た水筒一本分程度の“毒液”が、一息に皇子の口に(そそ)がれた。
 
 キャスの場合とは違い――異臭騒ぎを気にすることもなければ、隠密行動でもないので――“毒液”を全て飲み込む必要はないのだが、皇族である自身の立場を考慮(こうりょ)したのだろうか?
 公衆の面前で吐き出すことを躊躇(ためら)ったばかりに、余計な悲劇が起きた。

 (こら)え切れなかった皇子が「ばふっ!」と言うと、顔中の穴という穴から“毒液”を噴出させたのだ。
 白濁の涙と鼻汁、ルーム宮殿の中庭にある獅子の噴水を思わせる口からの放物線は、後世まで人々の記憶に焼き付くこととなった。

 「きゃきゃーの!」
 悲鳴とも歓喜とも判別困難な声をあげたファニチャードが飛び退()く。

 大観衆も、もはや何が何だかわからないお祭り騒ぎとなっていた。

 時、同じくして円卓の下でも妄夢が果てキャス城が陥落していたので、ロニーの角笛が高らかに吹かれることとなった。
 大観衆からしてみれば、角笛はエンリケ皇子の噴射に合わせて吹かれたように見えたことだろう。

 観客はその為か、割れんばかりの盛大な拍手で皇子を(たた)えた。

 タイミングよく角笛が吹かれたってことは、最初から段取り通りのコトだったのだろう……つまり、あれはエンリケ皇子式の“後悔”だったんだ! と解釈したのだ。

 後悔卿トスカネリは円形協議場に集った大観衆に感心した。
 このような事態に(おちい)っても、なるほど民衆は一つの催し物と捉えるのか。

 “永久機関”がひとまずの完成を見て我に返ったノギナギータ・ソワルツと艶男(あでなん)ロニーは、万雷の拍手によって円卓上の出来事を知らされることとなった。

 「えっ! なに? 何が起こっていたの?!」と老書記が慌ててペンを握り直す。
 「どうも僕たちが円卓の下に気を取られている間に、エンリケ様が“超巨人”を口奉仕(Blowjob)で果てさせたみたいですね」と脇のロニー。

 「ええっ?! なぜ?! そんなこと、ある??」
 しかし、見ていなかった事を議事録に記すわけにはいかない。
 「……ベテラン書記の沽券(こけん)に関わるけど仕方ない。イイモノも見れたし……ここからまた仕事を再開しよう」

 こうして『後世の歴史家が議事録から(うかが)い知ることの出来ない十五分間』が幕を閉じた。
 
 後悔会議の議事録に残らなかった一連の事件は、五万人の目撃者が各々“真実”を口伝(くでん)した。
 中には見事にガザザナを果てさせたエンリケを英雄視する物語にする者もいたが、多くは皇国史あるいは皇族史の汚点として言い触らした。

 結果として皮肉も込めて『エンリケ皇子の大蛇退治(オロチたいじ)』として後世まで語り継がれたのだった……。



 第48悔 『エンリケ皇子の大蛇退治』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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