第18悔 逆上の剣闘士&完全素人vs.“皇”論乙駁のファニチャード
文字数 1,936文字
「小賢しい小娘が!」
彼女の発言に会場中の大人たちがキレた。大観衆は一気に蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、書記のノギナギータの仕事量が激増した。
ファニチャードの発言に対し、議場メンバーの中で一番最初に反論したのは無謀にも一般参加のフェルディナンドだった。
「この会議は、君が最高の人生を送れるかどうかの問題を検討する場じゃないんだよね。人類全体の話なワケ。“後悔”をして――心に傷を抱えることにより他人に優しくなって――“精神的革新”を目指そうっていうエンリケ皇子の考えを研究し、広める場なんだ。逆に言えば、後悔しないヤツは新人類にはなれないって事なんだね。それでもいいのかな? お嬢さん」と一気に
会場中が一瞬、無職のお前が偉そうなことを言うな、という雰囲気になったが、大拍手をもってフェルディナンドの意見を後押しした。
エンリケはまさに、我が意を得たり、といった表情でトスカネリの方を見上げた。エンリケの隣に立つトスカネリも静かにうなずいた。
ついカッとなって皇子の名を借りて少女を
と、フェルディナンドがすぐに反省できたのは、彼の“永遠の片想い人”ノニー・ボニーの事を瞬時に思い出したからだ。
もしかしたら、ファニチャードの強気がノニーのそれと相通じるものがあったからかも知れない。
ああ! ノニーがココにいたら、今の少女に対する失礼な態度をめちゃくちゃキツく
「じゃあ、エンリケ様に代わって
ファニチャードもしかし、負けてはいなかった。
「あなたは今までどれほどの後悔をして、どれだけ人として成長できたと思って?」
思わずフェルディナンドが熱くなって拳を握り腰を上げた。
そこをすかさずクリストフが
「フェルディナンド! やめ――」
ところがそれより早く「
宮廷道化師スピナッチには、かつて剣闘士として鳴らしてから
剣闘士時代の得意技『スピナチア』は、槍のように敵役の懐を突き刺す、肩を使った体当たりであり、それだけで幾人もの相手を本当の意味で葬ってきた。
元剣闘士の血が騒いだ身長一九一センチメートルの大男が、椅子を蹴って猛然と十一歳の少女に向かって突進する!
ファニチャードも瞬時に身の危険を感じたが、道化師の過去を知らない彼女にはどうすることも出来ない。また、知っていたとしても彼の必殺の一撃は避けられるものではない。
ファニチャードの絶体絶命の危機に立ちふさがったのは、司会席のすぐ隣に座る近衛騎士イヴァノフだった。
この会議メンバーの中でおそらく一番、宮殿内の近いところで道化師を見て、その気性を知っていた彼女は、スピナッチが椅子を蹴った次の瞬間にはすでに反応し、ファニチャードとの間に飛び込んだ。
流石、近衛騎士団副長と言わざるを得ない反射神経だった。
身代わりに強烈なタックルを受けてみせたのだ。
〈ズガバギンッ!〉と酷い音が場内に響いた。観客から悲鳴があがる。
「どうだぁ! これで“後悔”したろうが!」
倒した相手に毒づくスピナッチだったが、そのすぐ横でファニチャードが怖気づいてはいるものの、無事に椅子に座っていることに気づいて動揺した。
足元を見れば、床に激しく叩きつけられた近衛騎士が激痛に
「衛生兵!」とクリストフが叫んだ。
騒然とする場内。エンリケも玉座から腰を浮かして心配している。
「何てこった……まさか誤爆するとは……」
初めて目標を仕留めそこなったスピナッチは呆然と立ち尽くし、もはや自分がかつての一流剣闘士ではないことを痛感していた。
万が一の場合に備えて控えていた救護係が飛び出してきた。
それと共に近衛騎士団のメンバー数人も駆け付け、イヴァノフの容態を見る。
「グンダレンコよ……、すまない。オイラともあろうものが……」
真摯に謝罪するスピナッチを横目で見ながら、ファニチャードが言い放った。
「司会、お辞めになったら? あなた、向いてないわ!」
今度は、近衛騎士団が三人がかりで怒れる道化師を何とか取り押さえた。
ハラハラした様子で事の成り行きを見守っていたエンリケは、ファニチャードが無事であることを確認すると、玉座にもたれかかった。
エンリケ・パルセルフ、十六歳。
ファニチャード・デルガド、十一歳。
これがのちに夫婦となる二人の衝撃的な出会いであった。
第18悔 『逆上の剣闘士&完全素人vs.“皇”論乙駁のファニチャード』
おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆