第15悔 時は来た!

文字数 2,047文字


 今や皇都ルームには、ぜひとも後悔三銃士に――あわよくばエンリケやトスカネリに――(おのれ)の“後悔”を見てもらおうとする勇士や後悔士が国中から集まっていた。

 基本的に皇都から大きくは動けない三銃士に“後悔”を検分してもらうには、自分からルームに来て“後悔”したほうが手っ取り早いと後悔士たちが気づいたからだ。

 そのため、この『後悔ブーム』の到来で一番最初に恩恵(おんけい)を受けたのは、宿泊業の者たちだったかもしれなかった。
 ルームシティ中の宿という宿が、後悔士たちによって満室となった。
 普段は五千グレットもあれば素泊まりできる安い宿屋が、この際においては倍にも三倍にも値を釣り上げていた。

 後悔士たちはそれぞれ『安い宿かと思って泊まったのに、すごく高くて“後悔”』という“小後悔”を繰り返したが、その程度ではもはや後悔三銃士に検分してもらえるようなレベルの“後悔”ではなくなっていた。

 宿屋は宿屋で、後悔士たちからの行き過ぎたクレームによる暴力沙汰等のトラブルが相次いだが『良かれと思って宿賃を上げたら、殴られて“後悔”』というこれまた“小後悔”で対抗した。
 しかし、これもまた三銃士の眼中には入らなかった。

 こうして様々な“後悔”が街に(あふ)れて――いや、溢れたのに街は活気づいていた。

 “後悔”――それは、皇国最高峰の言語学者たちが集まり編纂(へんさん)した国語辞典『大辞苑(だいじえん)』によれば、「自分がしでかしたことを、後から悔やむこと」と定義されている。

 ……で、あるというのに人々は“後悔”のあと、清々しい笑みを顔に(たた)えたり、喜んだりしているという。

 後悔三銃士からの『後悔報告書』に目を通していたエンリケにはそこが多少、想定外の出来事だった。


 エンリケ・パルセルフ・リゴッド皇国第二皇子。
 あるいはセルフ(のみや)エンリケ――つまり、通称エンリケ“後悔皇子”が『大後悔時代』を迎えるにあたり、まず取り掛かったのは『皇立後悔研究所』の設立だった。

 幼少の頃から「うつけの宮」などと民衆から密かに揶揄(やゆ)されていたエンリケではあったが、さすがに――“後悔”の一つや二つで――一朝一夕に“新人類”に革新できるとは考えていなかった。
 「此度(こたび)の“戦い”は長期戦となるであろう!」と見積もったエンリケは、自身の家庭教師トスカネリに『後悔研究所』の設立を命じたのだ。

 十六歳になり青年と呼ばれてもいい年頃になった第二皇子は、十歳の頃から世話になっていたトスカネリに『後悔研究所所長』の新たな職を与え、恩返しとした。

 『大後悔宣言』をすると決めたエンリケがまず欲したのは自身の執務室だった。
 皇宮殿にそういった場所がないわけではなかったが、第二皇子がやろうとしているのは――打倒する訳ではないものの――皇国をひっくり返すような『革命』とも言える大事(おおごと)であった。

 そのため、皇宮殿内でトスカネリと話を進めていくわけにもいかず、後悔研究所内に執務室が必要になったのだ。
 もちろん、そこにはトスカネリ専用の執務室も併設し、三銃士専用の部屋や特別来賓客用の部屋もあった。
 
 皇国民が“後悔”について、様々な問い合わせをしてくるであろうことも見越して、講演や討論会などのできる大きな会議スペース『円形協議場』も執務棟とは別のエリアに建設した。
 始まる前から準備は万端だったのだ。

 ――そういうこともあって、「民衆が“後悔”をしながらも同時に喜んでいる」という三銃士の『後悔報告書』から読み取れた事態は、少しばかり想定外ではあったけれども「待っておった!」と言わんばかりの好機到来だった。

 そして、エンリケにはもう一つに気になることがあった。

 女性の“後悔士”が圧倒的に少なかったのだ。
 「先生、何故ですか? なにゆえ、女・子供は“後悔”をしないのです!」
 エンリケの率直な疑問に、さすがの“後悔卿”トスカネリも(よう)として答えることが出来なかった。

 すると、執務室の椅子に座る後悔皇子の表情が(ひらめ)きを放った。 
 「そうですか……ならば、今こそ! 皇国初の“後悔”を論ずる会議を開く時です!」

 こうして『第一悔 皇国後悔会議』の開催が決まったのである。
 
 場所となる円形協議場は、皇宮殿の向かいにある国会議事堂前、戦勝記念公園内にある『みんなの広場』のすぐ隣に建設されていた。

 大天幕を取り外すことで、直接陽の光を取り入れることのできる構造で、まるで屋外で開催しているような解放的な気分になれることで議論が活発化し、一般民衆にも“後悔”に対する理解度を深められるのではないかと思われた。

 何よりもすごいのは収容可能人数だった。
 何と五万もの人を同時に観客席に座らせることが出来、議場に人を詰めればその数は六万にもなった。
 当日の入場料は一万二千グレットからと安くはなかったが、それでも協議場は当然のように大入り満員となった。

 肝心の会議への参加メンバーはエンリケ自らが選定し、自らの署名で招待状を出した。



 第15悔 『時は来た!』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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