第13悔 ジャックの異常な愛情 または彼は如何にして強制後悔をさせられたのか

文字数 3,016文字


 「……まず、何で?」
 
 タイタスは呆然としながら独り言ちた。
 
 わずかばかりいた女の見物客は、落として割れた花瓶から流れ出す水のように逃げ出した。周りの男どもがジャックに殴る蹴るの暴行を加えて捕らえ、タイタスの前に引きずりだした。

 その時、処刑台のシルレールが意外な言葉を叫んだ。
 「あ、この男は!」

 「え⁈」タイタスが狼狽する。「君の兄ではないのか? シルレール!」

 「違います! 何年もの間、ずっとわたしを付け回している変質者です!!」

 それに対し、なんとジャックが同意した!
 「そうです。わたしが変な若人(わこうど)です!」  

 そこからは怒涛の展開だった。

 この馬鹿な男の虚言・妄想癖から全く罪の無い少女を(はりつけ)にしてあわや凌辱(りょうじょく)する一歩手前まで来ていたタイタスは、己の行為と局部天幕を恥じつつ――制服の前掛けの下で密かに自身の“レイピア”を納刀しながら――全てをジャックに責任転嫁した。 
 「見よ! パスリンの民よ! この者が今回の件の真犯人だ!」

 ジャックの実家改めシルレールの家の周りに集まった群衆が、今にもジャックをリンチにかけようと庭の垣根を乗り越え、処刑台を取り囲んだ。

 「こんなに可愛い少女を……こんな目にあわせるなんて!」
 ジャックへの怒りではなく、明らかにシルレールの肢体(したい)に興奮している者が多数いた。
 さっきまでは庭の外から様子を眺めていたから気づかなかったのだろう。シルレールの白い山脈はもはや、びしょ濡れの汗で完全に透けて見えていた。
 
 暴発寸前の群衆の中で、磔にされたままのシルレールが全身全霊の叫びをあげる。
 「待って! 待ってください!」
 刹那(せつな)、静まる群衆。

 「三銃士のタイタスさん、どうか……どうかこの男を――あなたのレイピアで滅多刺(めったざ)しにして殺してください!」
 
 シルレールの魂からの懇願(こんがん)には理由があった。

 兄とふたりで親もなく育ったシルレールは、三年ほど前に大切な兄を亡くした。死因は不明――不審死だった。
 その日以来、何かと世話をするフリをして彼女に近づこうとして来たのがジャックであった。
 ある時など、彼はシルレールが通う学校にまでやってきて、教師に対し勝手に彼女の将来についての面談を求めた。

 「我が妹は、学校を辞めてスプリンガーに成りたがっている。そこで、先生! どうか妹の為に一肌脱(ひとはだぬ)いでくれはしまいか? いや、この場合、比喩(ひゆ)ではなく本当に脱いでほしい。妹にスプリンガーの素質があるか、“先生自身”で見極(みきわ)めて欲しいのだ! 出来れば、この兄の目の前で!」

 意図は全く不明だったが――その話を教師から聞きシルレールは、兄を亡き者にしたのはジャックではないか、と(うたが)った。

 タイタスは一瞬――えっ? 俺の“レイピア”で? この男を(おか)せって? 
 という顔で反応してしまったが、すぐに誤解に気づいて、これ以上なく大きくうなずいた。
 「なるほど、こっちのレイピアか! 了解!」

 今度こそは、と愛馬に(またが)ると、レイピアを構えた怒りの三銃士リーダーが全速力で見物客の中年男どもに押さえ付けられたジャックに突っ込んで行く。

 脳裏(のうり)をよぎるのはさっきまでの自分の姿――
 局部天幕を誰よりも高く張っていたこの場限りの暴君だ。

 幸い天幕は、制服の前掛けの下で誰にも気づかれなかったかも知れないが、しかし、もしこの件――調子に乗って少女の身ぐるみを()がそうとしただけではなく、“レイピア”で彼女の“若草”を()ろうとした件――が、トスカネリの耳にでも入ったりしたら……妻、グィネスの命が危ない……。

 ただ刺し殺すだけではダメだ! この大観衆に、さっきまでのサディスティックな自分を忘れさせる活躍をしなければ! 後悔三銃士を結成したエンリケ皇子とトスカネリ(きょう)慧眼(けいがん)はさすがだと思わせなくては!
 
 (ひたい)に汗のタイタスが、レイピアを切り上げながらジャックの脇を自動馬(じどうば)で駆け抜ける!

 するとジャックは断末魔級の叫び声をあげ、(ひざまず)いた。
 ターンしながら急制動を掛ける愛馬が砂煙をあげると、中空に舞った何かがタイタスとジャックの中間地点に〈ボドリッ〉と落ちた。

 ジャックの“ジャック自身”だった。

 雄たけびのような群衆の歓声がシルレールの鼓膜(こまく)を刺激すると、彼女も自身のあられもない姿を忘れて喜んだ。
 「やったぁ!」
 
 「変質者とはいえ、命ある人間よ。全ては彼奴(きゃつ)のマーラが起こした珍事。罪を憎んで人を憎まず! これで良いな? シルレール」
 レイピアを(さや)に納めながら、背中越しに見得(みえ)を切るタイタス。 

 「はい。タイタスさま」
 (こうべ)をたれて静かに同意するシルレール。
  
 「タイタス! タイタス! タイタス!」
 見事、変質者を殺める事なく去勢(きょせい)せしめた後悔三銃士のリーダー、タイタスに惜しみない喝采(かっさい)が降り注いだ。

 ジャックは悔しそうに(わめ)いた。
 「クソーッ! 何てことだ! こんな小娘女に(うつつ)を抜かしたばかりに、おれの自慢の一物があぁーッ!!」   

 なんと! とタイタスは驚いた。

 この期に及んでジャックは“後悔”を成功させていたのだ。
 「貴様! 後悔したな!」と言ってタイタスはジャックを(たた)えた。

 群衆もこのパスリンで初めての“大後悔”を目撃できた感謝の印に、スタンディングオベーションでジャックを温かく励ました。 
 「わっしょい!(ジャック、)わっしょい!」
 すると、股間から滝のように血を流しながら、ジャックはひどく赤面した。

 結果的に後悔三銃士として『強制後悔許可証』の効力を満天下(まんてんか)に示すことに成功したタイタスは、この状況にとりあえず胸を()でおろした。

 さっきまでの殺伐(さつばつ)とした空気が()んだからか、シルレールの家から彼女の愛犬が飛び出してきて処刑台の周りをグルグルと嬉しそうに回った。

 そして、隆々とおっ起ったままの二十五センチメートルはあろうかというジャックの見事な大ジャックを(くわ)えると、裏庭に走り去った。

 「これぞ、まさに『犬も歩けば棒に当たる』だな!」
 とタイタスが自慢気に言うと、群衆は大きな笑いに包まれた。

 シルレールも笑っているのを確認したタイタスは、「これにて一悔落着(いっかいらくちゃく)である!」と満足気に宣言し、愛馬に(またが)った。
 「ではな、シルレール! 達者でな」
 そう言うタイタスをシルレールは呼び止めたが、ここは劇の主役らしく振り返らずに去るのが(いき)ってもんだな! と考え、彼女の家をあとにした。

 パスリンの夕陽が、英雄タイタスの背中を照らし送り出す。
 シルレールの「タイタースッ! カンバーック! 本当に! はやくカンバーック!」という声が、いつまでも三銃士リーダーの耳に響いていた。



.。:*+゜゜+*:.。.*:+☆



 タイタスは、ルームに戻ってから(くだん)の後悔報告書を書いている際に大事なことに気づいた。

 うっかりシルレールを(はりつけ)にしたまま帰ってきてしまったのだ!

 (あらわ)になった彼女の“若草”と、山脈覆いから透けに透けまくる白い霊峰を――極大天幕を張り続けていた中年男(スケベ)どもに囲まれたまま……。
 
 だから、しきりに「カンバーック!」と叫んでいたのか! やけにしつこいな、とは思ったんだが……気づけなかった! 大丈夫だったろうか、シルレール……。

 タイタスは、新設された『後悔研究所』の執務室の椅子に深く腰掛けながら、思い出し天幕していた。
 


 第13悔 『ジャックの異常な愛情 または彼は如何にして強制後悔をさせられたのか』 

 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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