第114悔 詩人、再び

文字数 2,401文字


 階上からエンリケが心配そうな声色でフェルディナンドに問いかけた。

 「ボボンさん! ファニチャード……嬢に何かありましたか? 桃色の――ポジションがどうとかと聴こえましたが」 

 エンリケの位置からは滑り台の降り口までは見ることが出来なかった。そのため、もう少しだけでいいから少女の牝穴をゆっくり観察していたいフェルディナンドであったが、状況が状況である。一刻を争う事態が議場に展開していたので、ここは牝穴探偵ではなく、プロデューサー襞淫(ヒダイン)として(こら)えた。
 イサベラ皇女と約束もある……。仕方ないな。

 フェルディナンドは急いで自身の腰帯を解くと、少女の股間に下着代わりとして巻きつけてやった。
 すまないな、お嬢。誰に牝穴(メスアナ)尻穴(アスアナ)を犯されたのかは分からないが、真相究明はあとだ。またあとで探偵に――あるいは事件性があれば女器刑事(ジョキデカ)に――君の牝穴を見せてくれ!

 彼としてみれば、ファニチャードはもはや『桃色ヴァギーナー』の大切なメンバー。これも襞淫(ヒダイン)としての仕事のつもりだったのだろう。

 「いえ、ナニ……万事順調ですよ!」
 ……おマンの事、だけに

 と返したフェルディナンドは、ファニチャードを滑り台の脇に移動させてから続けた。
 「さぁ、今度はトスカネリ卿を!」


 その頃――議場では、激しい闘いが繰り広げられていた。
 
 ギッザゾズ・ガザザナが、再び両腕と“世界蛇”を振り回してつむじ風を起こした。それで暴徒の足止めをしている隙に、オマンジュースが書記席に向かった。
 「さぁ、おふたりも円卓の下へ!」
 しかし、書記のノギナギータはこの時、ひどい『つわり』に襲われ始めたところだった。艶男(あでなん)ロニーが背中をさすり介抱していた。
 「無理です! 彼女が――動けそうにない!」

 オマンジュースは、ロニーの腰に下がっている角笛に着目した。
 「ならば……貴様はガザザナの風にその角笛の音を乗せろ! その間に、私が彼女を背負って運ぶ!」
 「角笛を……なるほど!」
 ウインド山羊の角笛の音のけたたましさを思い出したロニーが、オマンジュースの意図を了解し角笛を口にあてがった。
 「ちくしょう……、何度だってこれに口をつけると、自然と涙が出てくるよ」
 そして、ロニーはこの日一番の肺活量で角笛を吹き鳴らした。
 〈スクルビィー! スクルビィードゥー!〉

 つむじ風に乗った音色が、議場内に渦巻いた。この世のものとは思えない、おぞましい魔物の悲鳴のような声――耳をつんざく轟音が、暴徒たちの足を(すく)ませた。

 「今だ!」
 ノギナギータを背負ったオマンジュースが、円卓に向かって走り出した。そのあとをロニーが、角笛を吹きながら追った。

 しかし、つむじ風をうまいことすり抜けた暴徒の一人が、オマンジュースに向かって突撃を開始した。手には張形(はりがた)らしきものを携えてる。
 「待てよ、この助兵衛女! おれにもやらせろ!」 
 ノギナギータを背負っているため、小走り以上のことが出来ないオマンジュースが焦った。
 「ちぃ! ここまでか!」

 そのときだった――。

 どこからともなく全裸の大男が飛び出してきて、暴徒を横からなぎ倒した。『スピナチア』で床に激しく背中を打ち付けられた暴徒は、瞬時に背骨を粉々に砕かれると共に、持参した張形(はりがた)で自分のノドを貫くこととなり絶命した。
 それは、先ほど特別誂えのゲートで一悶着を起こしていたクリストフの妻の陰茎マントから落ちたものだった。
 暴徒はおそらく、議場になだれ込む際にそれを拾ったものだと思われた。

 「スピナッチ! 来てくれたか!」
 立ち止まったオマンジュースが喜色満面の笑みを見せた。

 「当たり前ズラ! オイラのポケットを守りに来たんだ!」
 ファニチャードのアヌスを犯し――あろうことか射精までしてしまった事を悔いて自身の控え室に戻ったダ・スピナッチであったが、騒ぎを聞きつけ、思い直して再びイヴァノフの前に姿を現した。
 あのメスガキの中に出したことは、ポケットにバレちゃいないしな!

 この際、一度は持って帰った道化師衣装をやはり、キレイさっぱり脱ぎ捨てた。
 「これぞ、新しい時代の宮廷詩人よ! 口調だって、しゃちほこ張る必要はねえや! いつもの調子でいくぜい!」

 「それでこそスピナッチだ!」
 オマンジュースが、彼のイキり立つ股間を見下ろしながら深く(うなず)いた。

 それでも暴徒の数は膨れ上がり、一千人はいようかという状況だった。議場への人の波が、留まるところを知らない。
 「おっと、さすがにこれはオイラの手にも追えないや!」
 スピナッチが、イヴァノフとノギナギータを守りながら円卓に向かう。

 そこで、今度はロニーが機転を利かせた。
 「ちょっと、拝借!」と、オマンジュースの腰に差してあるワインボトルを抜くと、ガザザナの背後に駆けつけ、開栓した。
 〈シュポンヌッ!〉と音を立て吹き出た発泡性のワインが、『皇女股力(フォース)』を伴って吹き荒れるつむじ風に乗って議場に豪雨をもたらした。
 すると、暴徒たちは足を滑らせ頭を打ったり、瞬時に酔ったりして昏倒し始めた。

 「おお! これはいい!」
 自分の懐に差したボトルも開栓したガザザナが宙にワインをぶちまけると、案の定――豪雨を浴びて、彼はすぐに酔ってしまった。 

 「うわっ! しまった!」
 今回の会議がここまで混沌とした原因の一つであるガザザナの酒乱問題を思い出したロニーは、すぐさま後悔した。

 「さ、惨劇が起こる前に早く! 退避!」
 ロニーが円卓に向かって走りながら、オマンジュースらに叫んだ。スピナッチがふたりを滑り台に押し込むと、「さぁ、アンタも早く!」と艶男を呼び込んだ。
 
 ロニーが円卓の直前でファニチャードの従者の血だまりに足を取られ、「うわあっ」と声をあげながら床下に滑り込むと、スピナッチが急いで緊急避難口を閉めた。



 第114悔 『詩人、ふたたび』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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