第59悔 血塗れの女股神輿

文字数 1,449文字

 恐れをなした議場メンバーが、宮廷道化師ザ・スピナッチを残して全員、(ひざまず)く。大観衆も水を打ったように静まった。
 
 同じく膝を突きながら「姉上! 事は一刻の猶予も――」と進言する弟に対し、イサベラは強く優しく諭した。

 「我を何だと心得る? エンリケよ。(おそ)れ多くも女股女股(めこめこ)しき創造の女神イザネイミホートの血を、皇家(こうか)の歴史上、誰より色濃く継ぐイサベラ・パルメルぞ?」

 それは誰もが知っていた。


 リゴッド皇家は、伝説上の神々の血筋を引く者たちとされ、リゴッド神話と共に民草に敬われてきた。

 ――もっとも、後世の歴史家に言わせれば、「イサベラに特別強く宿った神通力(フォース)は、リゴッド皇家本流のものではない」、という意見が大勢(たいせい)を占めた。

 そもそも『リゴッド神話』は、東西南北四つの島からなるリゴッド皇国の中で、現在で言うところの北の大地チヨノイやリゴッド本島最西部ロドンム、あるいは西島のクレイグ周辺、そして南島マルダゴンの民間伝承に(たん)を発し、それらを集約して宗教化したものと言われてきた。
 それを権威付けに利用したのがリゴッド皇家で、皇位継承を男系のみで行うことで神聖性を保ってきた。

 そのため多少の矛盾が生じた。

 残された歴史資料を紐解(ひもと)く限りでは、実在する最初の大皇(たいこう)と言われるマイマキニエの生誕地は現在のルームにほど近い海辺のティバラード周辺とされ、チヨノイやマルダゴンといった神話所縁の地とはまるで関係がない。

 逆に、イサベラの母親であるパスリン出身のショコンヌ・シャープナー第二皇妃の家系を辿(たど)ると、南島のマルダゴンを帝都とした旧エイミシア帝国の貴族の末裔(まつえい)に行きつくという話なので、どちらかと言えば母方が『リゴッド神話』に繋がる血をより濃く継いでいると思われた。
 
 つまり、「イサベラの神通力(フォース)はエイミシア帝国由来のものだ」と言うのが通説なのだが、それもまた、別の話――。


 さて、イサベラの(めい)どおり、近衛騎士数名が尊敬する副長グンダレンコ・イヴァノフのズボンを脱がしにかかった。

 おびただしい血が奥飛騨覆いらしき布を真っ赤に染め上げていたが、それすらも()ぎ取ると正に“満身創痍の女王の住処”が露わになった。
 
 観客席から悲鳴が上がった。
 特に先ほどイサベラが途中で“御開帳(O・V)”をやめて円卓に来てしまったため、皇女股を見ることの出来なかったエリアの観客たちは「何なんだよ! 俺達には血まみれの女股かよ!」、「何も良い事がないじゃないか!」、「来て損したわ!」などと不平不満を言いながら、会場をあとにする準備を始めていた。

 さらに近衛騎士二名が肩を組み、その間にイヴァノフの頭を入れて逆さに抱え上げる。そこからそれぞれの騎士が副長の片脚を持ち、大きく開いた。
 騎士二名の土台と持ち上げられたイヴァノフが、血に(まみ)れた神輿(みこし)を作った。

 皮肉にもそれは、彼女が幼年学校時代にポン・デ・ナイル医師から受けた凌辱――子宮と背骨を粉々に破壊されることになった急角度屈曲位に似ていた。
 
 「では、これより我の――つまりこの円卓の周りを右回りに七周するのだ」と近衛騎士に命ずるイサベラ。
 「そして、七周目の最後には、イヴァノフの女股(めこ)を我の目の前に寄せてたもれ」
 
 「ぎょ、御意(ぎょい)」と返事をすると二名の近衛騎士は、言われるがままにイヴァノフの“住処”を観客席に見せつけながら、円卓の周りを回りだした。
 一周回るごとに大観衆は、嘆き、悲しみ、目を覆い、口も覆い席を立った。



 第59悔 『血塗(ちまみ)れの女股神輿(めこみこし)』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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