第122悔 花街の用心棒

文字数 1,633文字


 「うわうわうわっ! キモッ!」と言いながら、若いスプリンガーは噴水の脇で頭を抱えた。

 彼女の頭上で混ざり合った天の川は、慣性の法則と夜の緩い風の悪戯(いたずら)によって今度は四つに分流すると、それぞれ見事に珍事の産みの親たちの顔に附着(ふちゃく)した。

 「うっわ! 何だよ、もー! マジきったねえ!」
 若いスプリンガーは、顔の端に掛かったそれを、急いで服の袖で()き落とした。

 「どぅわぷっ……」
 テンダ・ライは、しかし、頭を振って精液を(ぬぐ)い去ることも出来なかった。この夜、何度もアヌスから前立腺を刺激されることによって強制的に射精させられている彼には、もはやその程度の力も残っていなかった。

 「さてと……」
 ロンゾは自動馬(じどうば)のワイパーのように瞬時に顔の前で指を動かし汚れを落とすと、ズボンを履き直した。

 ファミーヴァに至っては「ハハッ、冗談よ、冗談……」と力なく笑い、顔の汚れを舌でペロリとキレイに掃除すると、ズボンを履き直すのも忘れて何事もなかったかのように振舞った。

 名うてのギャングにも『賢者の時間』が訪れるのだと言うことが証明された瞬間であった。
 
 「……どうするんだっけ?」とロンゾ。
 
 「いや、まぁ、なんだ……」とファミーヴァ。

 誰の物かもよく分からない精液をかけられた若いスプリンガーが、居ても立っても居られなくなって言葉を挟む。
 「……兄さん方、あの男の……ヤっちまわないんですか?」

 「えっ、ああ、そうか……」
 オムドゥオラ神像に吊り上げられている男を見上げたロンゾは、彼に憐れみを抱き始めていた。
 「……どうしようかな……」
 
 「エロイナを小刀でヤろうとしたんですよ?!」と、若きスプリンガーがファミーヴァの方を向いて(くぎ)をさす。

 しかし、平素は冷徹な彼の中にも、目の前で宙吊りになって無理やり血塗(ちまみ)れ勃起させられている男は先ほど同じ作品『花街的天川(はなまちのあまのがわ)』を一緒に作り上げた同志なのだ、という感情が湧き始めていた。
 「んん……今後も活動を共に出来るかもしれねえしなぁ……」

 「マジすか?! 何なんですか? 活動って! また、この花街通りで射精大会するつもりですか?!」

 「いや、まぁ、それもアレだけど……なあ?」
 
 「まぁ……なぁ?」

 どうにも要領を得ないギャング二人組に、普段なら絶対に逆らえない若いスプリンガーが声をあげた。
 「もうイイです、アタシが呼んじゃいますよ! イイっすね?」

 ふたり同時にハッとさせられた『ロンゾ&ファミーヴァ』が、その存在を思い出した。
 「せ、先生を?! ダメだ、まだ早い!」、「やめるんだ、ブレンダ!」

 「いや、ダメっす! 二度も花の大通りでタダでブッカケられてトサカに来てますんで! 先生ェ! 出て来てください先生ェ!」

 すると、オムドゥオラ神像の噴水を中心に、半径100メートルの街灯や建物の明かりが一斉に消えた。

 ――なッ?! 何が起きるんだ? 
 半ば夢うつつのテンダ・ライがそう思った直後、背後で何らかの気配を感じた。
 何だとッ? オムドゥオラ神像の背中側に、誰かがいるッ?!

 張りつめた空気の中、月明かりだけの花街に女性が努めて低くしたのだろう声が響いた。


 「この世に魔羅(マーラ)がある限り、ヴァギーナイフがすべて()る――」


 急いで福禄亭から飛び出て来たスプリンガーたちが、オムドゥオラ神像に向かって声援を送る。
 「先生! 待ってました!」、「今夜もお願いします!」、「魔羅を打ちのめして!」

 この街の用心棒か? 人気者なのか? テンダ・ライが必死に背後に首を振って見ようとするその何者かは、すでにオムドゥオラ神像の頭部の上に立っていた。

 「吾輩(わがはい)の名は『魔羅取締官(マーラ・ハンター)』、“無毛猫(ウー・マオ・マオ)”! (また)の名を――プッシー・ハイジーン!」

 真っ赤なマントを(ひるがえ)し、噴水の周りにいる者たちに特別なコレクションを披露すると、ギャー! という、この夜一番の割れんばかりの歓声が花街の中心に轟いた……。



 第122悔 『花街の用心棒』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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